はと/ユタと不思議な仲間たち

 みなさん、こんばんは。28日の日曜日は、先週と同じくおそろしく良い天気でしたね。
 で、私はまた山へ行ったと思いきや、実は半日は家でごろごろしていました。
 娘の友達の結婚式が福山であるので、私の家に子供を二人預けて、その母親は颯爽と結婚式へ出かけました。
 ということで、今日は絵に書いたような、孫の世話をするじいばあになりました。
 上の子は公園に遊びに連れていったり、全員でフジグランに食事に行ったり、この写真のようにしたりです。
 なかなかいい具合に後ピンでぶれています。私の目の前の女の子がちょうど昨日1歳の誕生日でした。


 夕方からは、予定通り、備前市まで劇団四季のミュージカル「ユタと不思議な仲間たち」を見に行きました。例の「ともだーちはいいもんだー、目と目でものが言えるんだ。困ったときは力になろう、遠慮はーいらないー…」の主題歌で有名なやつです。
 田舎に引っ越してきた都会育ちのもやしっ子、ユタが田舎の悪ガキにいじめられて、死にたいとまで思っていたのを、座敷わらしが友達となり助けて、鍛え上げてくれるのですが…、人間と座敷わらしはどだい住む世界が違うのです。やがて別れがやってきますが、そのときユタはどうなっているでしょうか。
 このミュージカルはもうずいぶんと前から見ていますので、演技陣がすべてと言っていいくらい入れ替わっています。以前は、それぞれにはまり役の人がいましたが、今回のものはほとんど若い人に任せられています。
 演技や歌や芝居の運び方は、当然今までのベテランの俳優さんのほうが上手でしたが、今回も大変感動しました。
 若い人たちが、体をはって、ミュージカルのくさいテーマを訴えていたのが素晴らしかったのです。テーマは、「誰だって生きることには意味があるのだから死んではならない。」と「いじめに立ち向かえ。自分を鍛え上げて生きる力をつけろ。」だったと思います。
 ターンする度に顔から汗が飛び散っていました。けっこうアクション系の踊りが多く、体力勝負の舞台でしたが、いっしょうけんめい演技する姿に心を打たれました。「しっかりしろ!」と自分を励ますことばを、客席に向かって思い切り叫んでくれました。良かったです。よく練られたストーリー、明確なテーマ、力強い音楽と歌には、放っておいても感動するのですが、俳優さんたちの「伝えたい」という気持ちが各所にあふれていて、その力強さに心を動かされました。私の両脇の女性たちはしきりにハンカチで目頭を押さえていました。本当に単純なせりふなのですが、主人公が客席に振り向きざまに突然発する叫び「しっかりしろー!」には、はっと心が目覚めさせられましたよ。そう、しっかりしなければならない。生きるからには、しっかり生きるべきだ。
 四季も少し変わったようです。公演が終了後、ロビーで俳優全員が並んで一人一人に握手をしながら見送ってくれました。声を交わすこともできます。福山からはちょっと遠かったけれども、行ってよかった。そもそも遠隔地にわざわざ出向いていくことも、感動の基盤の一つである気がします。とにかく日曜日でないと見ることはできないので、少しくらい遠くても日曜日ならば出かけることにしています。
 備前市の市民センターのホールは700人収容の小さなホールで、ぼろい客席、なにより舞台も狭かったので、四季としてはやりづらかったと思います。でも、観客のノリが良かった。歌の後の拍手、歌にかぶせる手拍子、笑いなどが積極的といえるくらい素直に出ていて、気持ちが良かったです。
 福山市では、こうはいきません。3000人も入るホールの客席がまとまらず、すべてがてんでバラバラ。手拍子なども、数箇所でちらほら起きるが、全体で同じにならないから、すぐに消えてしまいます。
 しかし、福山の北の府中市はもう最高にノリがいいです。市の文化政策がしっかりしているせいもありますが、市の規模が適当で観客がまとまりやすいのかもしれません。
 四季のミュージカルは、今年はこれで終わりです。来年は1月27日に「魔女っ子マジョリン」が日曜日なので見ることができます。「坊っちゃん」は近場でないから無理ですね。「狸」は寒くなってから、両親を連れて行くと思います。もちろん温泉つきです。
★これ、だーれだ?


 ところで11月は、映画の月にしませんか。見たい映画が目白押しでやってきます。みなさん、どうですか?この一ヶ月間は、映画談義でブログを盛り上げていきませんか?
 それでは、狂歌の投稿がまだの人は必ず票をお願いします。  

2007年10月29日 Posted by Poppo at 03:32Comments(5)

はと/狂歌投票を!

賞品は、このリンゴじゃー!


うわーん、お待たせ、というか、もう時間がない。
みなさん、急ぎます。もう今この瞬間に決めて下さい。
狂歌の人気投票です。





★一人が三首選んで、番号を送ってください。
 送り先は、このブログのメールアドレス kwmthrs@yahoo.co.jp です。

★上位1番と2番の作者に賞品が送られます。
 賞品は、秋の風味、信州リンゴ、樹上完熟手もぎ一箱ずつです。

★締め切りは、メールで10月31日の受信日付までとします。
 だから、今このブログを読んでいる人は、すぐにその場で考えて決めて、投票してください。

★ごめんなさい。今までの投票結果はチャラにします。仕切り直しです。
 前回分より後の投稿も加えて数が増えています。もしかして見落としてたらごめん。

【投稿された狂歌・川柳一覧】
(読み人は省略しています。大体分かるし、過去ログを見れば分かりますが、先入観ナシのほうがいいでしょう。)

01 関空に 夢星人が 現れて みんなよろしく 後は頼むと

02 30年を みんなで埋めよう あと少し

03 あと少し 定年までは あと少し

04 お勤めを 終えて自由に 風来坊。 されど待ってる 故郷の親戚!

05 青春の本 まだまだ序説とおもいきや、今じゃ数える残り章。

06 老眼で 乗り換え電車の字が読めず やはり行けない 信州は夢!

07 目の前に 皆既月食 こまごまと 悩むなかれと 宇宙の神秘が!

08 稲妻が 龍かと思えた 東空を 朱に煌めかせ 晩夏の深夜

09 タクアンよ 勇気を出して 会うことを お勧めします 何か始まる

10 伝えたい 気持ちが強く 2度載せる 慣れてしまえば 恥かしがらず

11 失敗を 見事にフォロー してくれる 持つべきものは 先輩後輩

12 平和への 切なる願いよ 呉舞台。 魂通わす 夫婦愛。

13 若し日を 思い巡らせ たそがれ時に 幕は引かない 我が人生

14 よしやろう! がんばりましょうと 全員が。 夕焼空に タクアンひとり。

15 川柳が 湯水のように 出てくるよ タクアンすごい 感動ものだ

16 人生の 区切りと思い 一休み 今日も年休 次の準備を

17 読めるかも 夫の顔に 書いてある 次のたくらみ 阻止しなくては

18 駅に着き いってらっしゃいと 先に言い 苦笑いして 夫はホームへ

19 寂しいと 熱帯魚の灯 つけて行く 待つ人の無い 単身の部屋

20 余る時 これ幸いと かけまわる テニスに落語 ボクシングまで

21 ふたりなら つたえられる 平和への 願いと想い ライフワークに

22 伝えたい 未来の子らの 夢かなう そんな時代  誰が作った

23 青春の 一こま見れば 思い出す 仲間の笑顔  自分のパワー

24 満月を めでる気持ちは 一つでも 中国日本 ヨーロッパから

25 この感動!分かち合いたい 今すぐに。 入りきれずや うれしはずかし

26 同じ月 見る時刻は ちがうけど 心の距離は いつも変わらず 

27 yokkoさん 二作も投稿 ありがとう 当分私は この癖止まぬ

28 ややこしい 規格にはまらぬ 我が人生 明日の予定は あさってわかる

29 こっそりと ブログ観察 あなたも宝 はやくやりたい キャッチボール

30 この癖を 誰か止めてと 嘆いても 短歌の地獄 苦しすぎる!

31 死ぬまでに やらねばならぬ 事がある 30年間を 取り戻すこと

32 会社の レポート作成 ちょっと怖い。しゃべりも短歌 今すぐ入院

33 ポッポさん  仲間がたたえる 純粋さ。 仲間なしなら ただの変人

34 たいへんだ 言葉がきつく なってきた。 うそのつけない この癖怖い。

35 投稿し 開いて見たら さすが富士 パソコンなんかに おさまらない

36 書き込んで 開いて見たら はや一句 凄いぞtakuan どんどん行こう

37 懐かしい 写真を見れば 思い出す 30年なんて つい昨日の事

38 可愛いな 花の妖精 目の前で 今でもずっと 踊っているよ!

39 久しぶり YAすべエ来たる はと仲間 これでもう一人 つながりました

40 幼子の 手を引く様に 導かれ 入った世界は ブログ天国

41 同窓会 夏の終わりに 関空で ポッポを迎え 締めくくります

42 投稿を しようとしたが 思い浮かばず ここで降参 投降します

43 川柳で 気持和めば 楽しいね 言葉捜して 頭の体操?

44 投票は あれこれ迷って また後で。 あふれる思い 楽しみながら

45 タクアンの 凱旋帰国の 練習を 関空にてす ポッポの迎えで

46 伝えたい 気持ちは 感謝ばかりなり 誰にともなく 仲間すべてに

47 待ちわびた 我が大将 今戻る 雲南の秋 夏風邪持って。

48 夢星人 勝ってに雲南 猛進中。 ガイチ中心 集う連帯。

49 安心感 いつもかわらぬ その笑顔 抱きしめたいな YAすベエさん。

50 ながい時 隔てて復活 その名曲 ピピさん苦労 みんな喜ぶ。

51 この僻地 数字負う日々 慢性胃炎 ブログに凝った 恋しあの日々。

52 単身に 更に出張 時間なし タクアン復活 来週OK??

53 風邪ですかー 慢性胃炎! 困ったなー パワーを送るね 元気になーれ!

54 今だ夏 スキーの話 気の早い? 体力作り 頑張らなくちゃ

55 さりげなく 心に触れた 泣き笑い あんなそんなが 忘れ得ぬ君

56 ブログネタ 演技の写真 パフォーマンス 本心出まくり チャーミング

57 なにがある なにを求めて また集う? 互いの優しさ それを求めて。

58 なにがある なにを求めて また集う? 互いの年輪  それをたたえて。

59 なにがある なにを求めて また集う? 互いの未来  それを夢見て。

60 その答え やっぱりみんなも わからない。 でも今日より 明日がすばらしい

61 ひたすらに 生きる姿に かなうものなし 無意味な悩み 入る余地無し

62 しばらくは ポッポワールド 見守ろう。 書き込みよりも ほっとこう!!

63 でもやっぱり 書き込みないと すねてしまう。 納得するまで つきあう決めた。

64 待ちわびる 帰途の関空 仲間の出迎え。 感激シーン あと何篇待てば

65 あなたの世界 確かに感じる 写真から。 それを見守る 古き同胞

66 トンネルを 抜けるときっと 晴れ模様 夏の疲れは 脱ぎ捨てましょう

67 優しさが 空回りする むなしさに 負けじ気負う から元気かな

68 秋の風 鈴虫鳴いて 窓の外 感傷的に ひたりすぎかも

69 遠く先 水平線の そのかなた ポッポワールド あせ(汗)ることなく

70 フィールドの まだ先見えず 人生も ポッポワールド 汗ることなく。

71 中秋の月 同じ時間で 観れぬけど 繋がってるよ もう離せない。

72 時差は一杯 あるんだけれど 日本人との 気持ちに全く 時差は無し

73 我民族 歳を増すごと 再自覚。左ハンドル 累計10年。

74 今何時 時計見るごと 逆算し。母国は昼か 星空の下か?

75 広い世界 自分も少しは 変わったつもり? しかし離れぬ 刻印JAPAN.

76 海の向こう あこがれてきた 夢の地で 夢に出るのは 卵がけご飯

77 温泉と うなめしの湯気 下関  夢でさえも 3杯食す!

78 瓦ソバ わけのわからん 食い物に しかし感じる Japònの香り。

79 おしながき 踊る書体は うなめしか  我の胃袋 それ見て踊る。

80 食のネタ  盛り上がるのは 卑しさか? 何言われても 食は天国

81 見映えは 洗練しても 素はいつも バタ臭いなり 魂不変

82 見えぬ人 どこからメール?めぐらせて スイス、北欧チェコドイツ?

83 海へだて 近くて遠い 秋吉台 行ってみたいよ 安芸の宮島

84 どこから 進入しようかと 思案する くたびれもうけ また次にしよ

85 気持一杯  字数も一杯! 足らぬは時。 前傾姿勢や 直球青年

86 その気力 その思いさえ、受け止める 体力少なく ブログ読めず

87 情景も 文意も不明 わかるは単に 荒い鼻息 たたくキー音(おん)

88 キーたたき 思い馳せるは 10月の 仲間の笑顔か 山里の秋

89 秋の色 過ぎ行く時を 感じつつ 冬は何色 ブログは続く

90 山あり 歌あり友あり 仲間あり わが人生の 夢は叶えり

91 隔てても しっかり伝わる Japònの里 深まる秋に 過ぎし夏空

★今回は、以上です。みなさん、ありがとう。私の怠慢を許してください。
 リンゴは期待できます。仲間に贈る喜びを送るために、人気投票を盛大にしてください。

★それから、ついでに名簿原稿がまだの人は送ってくれたらいいなあ。  

2007年10月28日 Posted by Poppo at 15:37Comments(0)

はと/追伸

 チョビンさんが、西条市丹原町での「坊っちゃん」の公演に行ったのですね。
 いいなあ。入りはどうでしたか?最後の歌や手拍子で、客席とつながっていたのは、演出のせいもありますが、何人か「経験者」がいないと、さっとは行かないので、ファンがけっこう出かけていたようですね。
 生徒たちは、坊っちゃん劇場のときとは、ほとんど入れ替わっているようで、かわいかったというコメントですね。うーん、見てみたかった。
 お清さんは、そう荒川さんで、狸では、狂犬竜二をやっていましたね。小柄で身が軽くて器用な方です。
最後の歌「ありふれた人生」はいい歌でしょう。ブリーフケースに入っていますから、ぜひ取り出して聞いて覚えて歌ってください。
 十六夜コンサートの報告が楽しみですね。ライブだから写真を撮ってもかまわないんじゃないかなあ?
そう、ケシコもぜひとも「坊っちゃん」を見てくださいね。九州ではいつやるのか、わらび座のサイトでよく見ておいてね。最終的には、坊っちゃん劇場でのファイナルが来年の7月24~27日にあります。私は、今から千秋楽の27日(日)を狙っています。ちょうど「はと再会」から1年くらいだから、また集まればいいのじゃないかなあ。うー、楽しみじゃ。
 YAすベエもケシコも今治の高校出身でしたね。あの球場は、大新田公園の中にあるのですね。そうかそうか、懐かしい風景なのですね。ついうっかりしていました。でも、これであのあたりが親しみのある場所になりました。
瓶ヶ森の風景は、これがまっこと愛媛ぜよ!とでも言いたくなります。ベルベットの笹原はいい比喩です。やわらかい午後の日差しを映していると、産毛の白さに見えますね。たくさん写真を写していますので、またときどき載せますね。
 以下の写真は、「坊っちゃん」の岸和田公演のものです。西条市丹原町公演のメンバーとは違うかもしれませんが、全国公演の始まりのものですので、みなさんにもお見せします。


 坊っちゃんの葵君は、ちょっと年を喰ったか。きりりとしてきましたねー。貫禄も出てきましたねー。でもまだまだ二十歳代中間だと思うよ。


 山嵐は、岡村さんですね。さぞかし迫力があったろうなあ。たいてい、鬼とか武士とか猟師とかの「男」の役柄だもんね。お清さんの荒川さんも写っている。


 ゆえちゃんのマドンナは、もうすっかり板についていますね。自分の役になっているようです。14日の大阪公演には、電話でのラブコールをして頂きましたが、ごめんなさい。あいまいな天気でしたが、高校生を連れて石鎚に登りました。  

2007年10月28日 Posted by Poppo at 03:25Comments(3)

はと/親孝行

 みなさん、こんにちは。1週間以上のご無沙汰でした。
 本当に、最初を何て書き出していいのか困るくらいのブランクでした。むむむ、こんなふうになるからブランクはいやだったのですが、とにかく忙しくて帰ったら疲れてしまってダウンです。次の日も早く行かなくてはいけなくて、ちょっと大変でした。
 仕事で、CMの主任ですので、もうまもなくの冬季講習会のチラシとリーフレットの音頭取りをしないといけません。分教室が3つあるので、それもすべてです。アイデアを出して、原稿を作って、企画兼印刷会社へ出向いて、打ち合わせをしたり、とまあてんやわんやなのです。
 土日は少しゆっくりできますので、今日は久しぶりにブログに向き合っています。
さすがにアクセス数は少ないのですが、毎日、期待を持って開けてくれる人がいるので、頑張らなくっちゃと思いますね。

 まずは、親孝行瓶ヶ森山行としらさ宿泊の話です。
 10月21日の日曜日、家を7時過ぎに出て、相変わらずのしまなみ海道を通って、今治までと、ここまでは同じなのですが、今回は、ちょっと早く今治北インターで外に出ます。そして、市道を今治球場まで走りました。
 まり子さんの同窓会があと1週間後に迫っていますが、その前に、今治に住んでいる同窓生に会ってしまおう、ということで、今朝、待ち合わせをして会いましたー。


 この方です。まずは、お互いの顔と体型の印象をしっかりと語り合って、だんだんと近況さらに昔話と盛り上がっていきます。放っておいたら、いつまでも続くのですが、こちらの車の中では父母が退屈そうにしていますし、向こうの方も今日のお祭りの焼きそばを作る仲間が待っているので行かなくてはなりません。まあ、これはまり子さんのブログネタになりそうです。

 三坂峠への登りに入る前の「砥部焼き会館」に立ち寄ります。父母の希望です。久方ぶりに入って、ちょっと驚きました。砥部焼きと言うと「分厚くて重い」というのが常識ですが、最近は「薄くて軽い」砥部焼きが増えてきています。最近の陶芸作家の作品がたくさん並べられていましたが、どれも薄いのです。ぺらぺらのものもあります。話を聞いてみたら、最近の流行だから仕方がないそうで、でも割れやすいらしいです。飾り物にはなるけど、実用にはならないとか。やっぱり「分厚くて重い」とお茶が冷めにくいのでいいのでしょう。 父母も私達もお茶碗のペアを買いました。
 それから、途中の果物屋さんで、みかんと柿を買いました。この柿は渋柿を二酸化炭素などで合わせて渋を抜いたものでしたがおいしかった。平田種無し柿だと思います。帰りにもまた立ち寄って買いました。


 さて、まず目標は、面河ふるさと村。これこれこれです。あまごの塩焼き。実は今日は、これは二つ目。一つ目はあゆの塩焼きでした。とうもろこしも気になったので買いましたが、冷凍をゆでてそれをさらに炭火で焼いているもので、今ひとつでした。季節が遅いから仕方がありませんね。


 まり子さんは、あゆの塩焼きに焼き鳥に田楽です。僕はもう一つ、ヨモギもちを買いました。そして、ここで昼食です。おにぎりを持ってきていましたので、それを頂きました。味噌をつけた焼きおにぎり、大根の葉っぱの漬物を混ぜ込んだおにぎり、海苔を巻いたおにぎり。うまいねえ。


 そして、定番の展望駐車場です。そうそう今日は素晴らしい晴天だったのです。最近、日曜日は天気が悪かったのですが、今日は最高の空模様です。秋の空らしく空気がよく澄んでいて、山が近くに見えます。7日も石鎚は見えましたが、こんなことはありませんでした。


 こんな良い天気ですし、紅葉も真っ盛りだろうと、大勢が押しかけています。土小屋は大変な混雑です。途中でオートバイと車が軽い事故をしていたようです。ま、こんなところには立ち寄らずに先へ行きましょう。ところが、瓶ヶ森林道の入り口付近も路上駐車が多いので、交わすのが大変です。なんせ、今日は瓶ヶ森へもたくさん行っているはずで、この時間は午前の早い組が帰るころです。やれやれ狭いところで出会わないことを祈ります。

 山荘しらさへ、まり子さんとおやじを置いといて、私とおふくろは瓶ヶ森へ向かいます。もちろん登ります。


 危ない、危ない。向こうからどんどん帰りの車がやってくる。「狭い道、なぜかカーブで、よく出会う」
 おーっと、出ました。渋滞っていうかにっちもさっちも行かない状態。子持ち権現付近の片側が切り立った崖で、しかもこの林道がいちばん狭くてすれ違う場所がほとんどないところで、止まってしまいました。予想通りといえば予想通りなのですが…。後ろにもいっぱいいますから、下がることはできません。車を降りて偵察に行きました。
 おおー、なんと言うことだ。こんなところへ、プロの運転手も断るという、こんなところへ、マイクロバスが一台入り込み、立ち往生しているではありませんか。どの車も聞こえよがしに文句を、罵詈雑言を吐き散らしています。
 でも泣く子とマイクロバスには勝てないので、帰る車はそれぞれがちびちびと前後に動いて、ぎりぎりにバスを通す努力をしています。チャンス到来です。こちら側の先頭の車に、もう平身低頭、頭を下げてもらい、最大の愛想笑いをしてもらい、バスが通ったあと、全員がすかさず通過するように了解を取り、ゴーです。むろん、下りの何台かは、引っ込んでいる場所から出ようとしていましたが、そのときは先頭がまたまた選挙戦術さながらの窓から手を振っての親愛のジェスチャーをして、おとなしくもとの場所に引き下がってもらいました。
 さすが、とりあえずは山に来た人たちですので、登り優先の大原則を分かってもらえたようです。そもそも悪の根源は、マイクロバスなのですからね。ふー、30分くらいかかったでしょうか。下りの車がわずかのすきまに入り込んで耐えている横をどんどん通過して登っていくと、駐車場まで来てしまいました。


 駐車場にいたマイクロバスを見ると、なんと福山ナンバー!この田舎ものめ!載っているのは年配ばかり。しかも山登りではなく、観光するだけ。みなさん、トイレに駆け込んでいました。これからどうするんだろう、と見ていたら、なんと、そのまま林道に進撃開始。ま、どっちにしろ帰らないといけないからー。でも、瓶ヶ森林道は、これからが本番だよ。ただ、救われるのは高知側から登ってくる車は少ないから、さっきのことを教訓に先をよく見て、交わす場所を確認しながら進んでくれれば大迷惑にはならないだろう。


 てなわけで、瓶ヶ森登山開始。まあ、私は写真を撮ります。おふくろがメインですので、後をついて行きます。これがまた早いんだよなあ。生まれながらの気性でしょう。とにかく必死で早く歩く。そして、当然ながらへたばって休む。しかし、なかなか回復が早い。「よっしゃ」の掛け声とともに、またまた快速直行。おいおい景色を見ているのかい?尋ねると、休んでいるときに見ている、だとさ。今までの人生をむきになって駈けていった証でしょうねえ。


 が、さすがに登りになると、途端にスピードが落ちる。恐ろしく落ちる。「ああ、しんどい、登れんかもしれん」と珍しく弱音を吐いている。やはり年ですねえ。だが、今年の夏に大山に登っているから、自信はあるみたい。あきらめずにちびりちびり上がっていく。ただ疲労が激しい。もう休むときは思い切りぶっ倒れて休む。登山道のすぐ脇へ、まさに行き倒れのようになって休む。通りかかった人が、「大丈夫ですか?」と声をかけている。「連れの方、倒られていますよ。」と僕のほうにも声がかかる。そのたびに、おふくろは「ああ、大丈夫大丈夫、しんどいだけ。ふぁっふぁっふぁっふぁふぁ」と強烈な笑顔と笑い声で答える。気はめちゃくちゃ確かで元気なんだけどね。
 てなわけで無事に山頂到着です。


 空気が澄んでいてよく見えます。2週間前が信じられません。少し下からもやが上がって来ていますが、すっきりさわやかな秋の天気です。最高の気分です。ここでのんびりと昼寝ー、と思いきや、おふくろの声あり。「よっしゃ、おりようや。」えー、もう下りるの?まだ5分くらいしか経っていないよー。あんなに苦労して登ったんだよー。
 山荘に残しているおやじのことが気になるのでしょうか?これも聞いてみると、「気にゃーならん」(どっ)


 でもね、おふくろは感動して涙を流していたのです。瓶ヶ森は女山の山頂には、小さな祠があるでしょう?この中の神像をよしよししてやるといいんだ、と教えてやると、よしよしをして感謝のお祈りをしていました。「この年でよく登らせてくださいました。無事に頂上まで登らせてもらって感謝しています」とかなんとかね。


 下りは、まず男山まで縦走します。道が笹に隠れていて、石につまづきますが、おふくろさんは、道が見えんとぶつぶつ文句を言いながらも「あー、下りは楽じゃ、極楽じゃ」と言いながら、猛烈なスピードで先を行きます。ところどころ笹が大きく押しつぶされたところがありますが、これは多くの場合、高齢の登山者がつまづいて思い切り笹の中へ倒れこんだ跡ですので、うちのおふくろもそうなったら、おいらがおんぶして帰らなあかんのやなあと心配していましたが、見事に一度もつまづきもせずに下山しました。さすがに田舎者です。


 男山では、偶然にも二人の女性の信者さんが御神像の前でお祈りをしていました。ジャラジャラと両手に何かを持って鳴らしながら、懸命に祈祷を上げておられました。おふくろも感じ入って、その後ろに座っていました。すると、なんとお祈りが般若心経らしきものに変わったではありませんか。これっておふくろは覚えているんだよなあ。で当然のごとく、いっしょに「あー、はんにゃーはらみつたーしんぎょうー、ウンタラカンタラ」といっしょに唱え始めました。この経験もとっても気に入ったみたい。
 ただ帰る途中で、「あの二人の女の人は一心に拝んでいた。すばらしい。きっとガンにでもかかっとるんじゃろう。治して欲しい一心で拝んでいる」信者さんは、なぜか突然ガン患者にされてしまっています。


 もう4時過ぎですから、駐車場には車はほとんどいないだろうと思ってみたら、けっこういる。しかもどうやら、このまま車中泊をする気配が濃厚。どの車も中高年です、はい。しかも夫婦で。しかもしかも、でっかい三脚をつけた重たそうなデジカメ、長いレンズ付きだよ。これは、今日の素敵な天気でこれまた素敵な夕焼けと朝焼けの写真が撮れると読んで、ここに一晩居座る気が濃厚です。ただー、おいらの経験では、残念ながら水蒸気が少ないので、赤みが冴えないだろうなということです。私は、さっさとしらさに帰ることにします。
 子供がいたときは、ここでせっせとキャンプをしていました。キャンプ禁止、テントだめと書いてありますが、絶対に見張りは来ないので、不法行為をよくやっていました。枯れ木を拾いに行かせて、夜は焚き火のし放題。おもちやとうもろこしを焼いて花火をして、良かったなあ。
 ととと、帰ろうとしていたら、隣の車の夫婦から声がかかった。見れば、大渋滞突破時の強力な協力者だった方ではありませんか。お目当ては、おふくろです。「いやあ、お元気ですねー。登りながら、ずっとお姿を拝見しておりました。何歳になられますか?」「私しゃー、満で76になります。」「へえー、そんなになるんですか。驚きました。とてもそんなには見えませんよ。」「いやー、今回は体力がないことを思い知りました。登りが、はー、死ぬほどしんどかった。」「いやいや、そりゃ、76で山登りをする人はいますが、実際はほんの一握りですよ。こういう人に巡り合うと、私らは元気をもらった気分になります。」「前に大山に登ったときも、そう言われて握手を求められたことがあります。」「そりゃそうでしょう。特にそちらは目が輝いていますよ。今こうやって山の話をしているときに、もう目が輝いて、その顔を見ていると、とても76には見えませんよ。」
 あとは、話がどんどん続きます。何やらほめられて、おふくろは悪い気はしませんから、こちらもしゃべる、しゃべる。あっという間に1時間が経ちました。
 福岡の方で、60くらいかなあ、山が趣味らしくて、年間200回くらい登るらしい。北海道の斜里岳がすばらしいことを教えてもらいました。九州の大崩山の状況も聞きました。やはり今年の大雨で、至るところ通れなくなっているようです。ああ、大話はちょっと疲れるなあ。


 やっと山荘に帰りました。案の定、おやじは、遭難したのじゃないかと気をもんでいたようです。夕食は前回と同じでした。部屋はねー、どうも名物らしくて、ファミリー部屋というので、6畳の和室だけども、一人ベッドが壁面に6つ埋め込んであるのです。子供が大好きな部屋らしいです。


 前日、最低気温が2℃だったので、今晩はどうかなと思っていましたら、案外暖かでした。コタツ!が入っていて、のんびりとまったりと過ごしました。寝るときは、おふとんだけで十分でした。
 ロビーの炉はマキを燃やすわけにはいきませんが、炭火を置いてくれたので、その火をつつきながら、またまた小森さんとおしゃべりをしました。そして、またまた奥さんから、「寝ないと」の一言を頂きました。


 前回からおられた高知出身のアルバイトの若い女性「さやか」さんと、まり子さんは仲良くなったみたいです。「若い身で」女の人がこんな山奥で仕事をするというのは、心に何かあるのでねー、ま、そこらへんをいたわるような話をしたのでしょう。小森の奥さんがお礼を言っていましたから。
 この山荘は、似たものが集まるようです。経営者の小森夫妻に二人の子供、アルバイトやインターンシップの若者、そしてリピーターたち。私たち「はと」も似たものどうしの集まりですよね。そして、そのセンスは、この「しらさ」の雰囲気ともよく合うと思うので、ぜひまたここで集まりたいですね。




 翌朝、それほど寒くなくて、ほっとしました。なにぶん、おやじが高齢なので寒いのはこたえるのでね。またまた恒例の記念撮影をしてお別れしました。「さやか」さん可愛いですね。うー、今となっては時すでに遅しですが、うちの息子のヨメにきて欲しかった(笑)。
  

2007年10月27日 Posted by Poppo at 16:29Comments(4)

はと/高校生と石鎚

みなさん、こんばんは。
昨日は疲れていたので、更新せずにおねんねしました。
今日は、頑張って書くとしましょう。もちろん、高2石鎚登山です。
最近、週末になると天気が悪くなるという気象リズムになっていますね。
今回も例に違わず、日曜日だけ雨になる可能性が大という予報でした。
雨降りの登山は誰でもいやで、ましてや生徒がいると彼らの身の安全の問題もあるので、ぎりぎりまで挙行するか中止するかで悩みました。
北からの寒気が下りてきており、南からの暖気、当然湿っていますが、それが四国の山でぶつかって雨になるという構図です。
ヤマヤとしての私の予感は、北海道に雪が降ったりで少し涼しくなったので、北からの寒気が強い、そしてその勢力が強くて四国全体を覆うくらいならば、山の上が少々寒くなっても大丈夫だろうということで、行くことに決めました。
レンタカーはもう借りているし、塾長に一応伺うと「雨が降ってもゴルフはする。」ということなので、ゴーです。

早朝5時出発です。私は当然寝ていません。1時ごろ帰宅して、4時に家を出なければなりません。寝てしまうときっと寝過ごすし、体が寝モードになって言うことをきかなくなります。
いつも出発時刻が守られずスケジュールが遅れ気味になるので、今回は、遅れたらとにかく放っといて出発する、と生徒をおどかしておいたので、さっと全員そろい5時ちょっと前に出発できました。
生徒は男子8人、女子2人、講師5人、塾長の友達3人の合計18人。例年と比べると、生徒が半数で、しかも男子が多い。例年は生徒は20人以上で、女子のほうが多いのです。でも、生徒10人というのは引率する側からはラクチンな人数です。
車酔いするものは酔い止めの薬を飲んどけ、という注意もけっして守られません。今回も一人の生徒が行き帰りともゲロしました。来年は、車酔いした者はその場に置いてけぼりにする、とでも言って守らせようかなあ。とにかく現代っ子は、全員で行動するときのルールを守りません。塾であってこれだから、学校ではさぞかし大変だろうなあ。
ゲロのおかげで少し遅くなりましたが、何とか始発のロープウェーに間に合いました。ほんと、ぎりぎりセーフ。
私の予想では昼からは必ず雨、と踏んでいたので、絶対に昼までに頂上に着こうと思っていました。
今治からは石鎚がうっすらと見えました。瓶ヶ森はガスの中でした。石鎚はうっすらともやに覆われていましたが、霧や雲はかかっていません。よし、まだいける、そう思ったのです。これが、日が昇るにつれて、暖かくなってくると南から湿った空気がやってきて、雲になって山を覆い、やがて雨になります。
福山の早朝は晴れていて星が出ていたのですが、四国に来ると完全なくもりで、太陽の居場所さえ分かりません。雨が降っていないのが奇跡のようでした。

さて、ロープウェーに乗り込んで上にいきます。あれれ、ガスって来たよー、何にも見えなくなりました。それにどうやら紅葉はまだのようです。
下りて、成就社まで20分くらい歩きます。今にも雨が降りそうですが、何とか持ちこたえています。それにしても涼しくて気持ちいいなあ。
成就社から石鎚方面を見ると完全に雲の中です。やれやれ、途中から雨だろうなあと悲観的になります。そこで登場石鎚ではなくなぜか木槌。神社に置いてあったので、ちょいと拝借して振り回しました。「ええーい、雨神よ、退ー散ー。」これが効いた効いた。


いよいよ成就社の先から本当の登山道になります。そこでいつものように、名物、恐怖のニッキ水の一気飲みをやる。これって、みんな嫌いますが、僕はちょいと好きかな。子供の頃は憧れの品でしたから。
ちょいと口をつけてー。

ぐぽちょっぐぽちょっ。

ぷはー、息が苦しい。なかなか一度には飲めません。味よりも、ビンの口が小さいので、なかなか中身が口に入って来ないのです。


まずは、八丁坂を距離にして800m、高度差で100mくらい下って、また登っていきます。相当疲れた頃、登場するのが「試し鎖」ですが、この試しというのは、よく試験の前に、こんな問題が出ますよ、ちょっと練習しておきますか、というのではぜんぜんなくて、この「試し鎖」を登ることができるならば、このあとの3箇所の鎖場のどれもクリアできますよという意味です。生徒は全員を、ぎゃーぎゃー言わせながらも、登らせました。


大人は3人だけ登ってきて、あとは巻き道を歩きました。登るとすばらしい眺めが待っています。そして絶壁も待っています。と、このとき風が出てきて、石鎚の雲が飛んで行きました。ほらー、見えてきた。弥山に天狗岳に南尖峰、全部見えます。良かったねー。
このあとの鎖を伝って下りるのがまた大変だったのですが、まあ何とかなりました。そのあとエンヤコラとどんどん登って行って、体は汗びっしょりで、湿度が高くて気持ちが良くない空気になりました。やばいなあ、南からの空気が入って来ているよ。さっきまでは涼しい空気だったのが蒸し暑くなっています。
定番の夜明かし峠からの石鎚北面の全貌。ね、まだ雨が降っていないでしょう。紅葉がまだです。


さて、一の鎖、そして二の鎖ですが、さっきの試し鎖であきらめているので、文句も言わずに登って行きます。「こりゃ本当に落ちたら死ぬ。」「だからオイラめんどくさいから、ウソは言っていないよー。天狗岳へ行く尾根も落ちたら死ぬからな。」落ちたら死ぬのがいやなので、生徒達は全員が恐怖と勇気をごちゃ混ぜにしてがちゃんこがちゃんこと鎖を鳴らしながら登っていきました。


この時点で鎖を登る大人は私ともう一人の二人だけ。残りのみなさんは、この核心部を見てみぬふりをして、巻き道を平和に登って行かれました。
最後の三の鎖が、最初の取り付きからワンピッチほどが急傾斜で危ないのですが、もうこの頃は生徒も気持ちは慣れていて、とにかくすごい格好をしながら、必死で登っていきます。それで上で待っていましたら、一人二人とまあ全員が無事に石鎚神社のある弥山まで登って来ました。


紅葉はまだピークを迎えていません。もうちょっとかな。でも枯れた葉もあります。何年か前もこんな感じだったなあ。真っ赤になる前に枯れて落葉してしまったことがある。それに近いものがあって、あまりきれいではありませんでした。
これはコメツツジ。この葉は毎年見事に紅葉します。


さて、ちょっと石鎚山頂小屋へ寄ります。「山さんはおられますか?」と尋ねると「山さん、ああ、山本ですね。います。呼びますから待って下さい。」すぐに丸顔の少し太めの優しそうな中年の男の人が現われました。「こんにちは。初めまして。福山の山人の河元です。」「はいはいはい、初めまして。ようこそ。」本当は、初めまして、ではないのですが、リアルでは初めてなのです。石鎚山頂小屋のブログ「気まぐれ山頂日記」で、すでに知り合いになっていました。また、この方はしらさの小森さんとももちろん知り合いです。山を愛する気持ちをいっぱいに持たれている方です。小森さんは、山本さんを山の先輩だと言っておられました。前回は、下山されていて留守でしたが、今回は会えて良かったです。写真を撮るのを忘れた。というより、天気が悪いと思っていたので、コンパクトのデジカメだけをほいと持って来たので、電池チェックがいい加減でした。電池切れになってしまったのです。
今回はとりあえず、私の撮った写真だけですが、また他の人のをもらって載せますね。

さすがに山頂は寒いらしく、みんなしきりに寒い寒いというので、一計を案じて、小屋に戻り「味噌汁だけを注文しても、食堂の席に座れますよね。」「ええ、もちろん。」「では味噌汁を10杯お願いします。」てなわけで、生徒達を小屋の食堂に入れて、そこで味噌汁付きで弁当を食べさせました。やれやれ、世話が焼けます。


その後は、天狗岳まで往復します。尾根の絶壁歩きはねー、やはり何人かは匍匐(ほふく)前進になりました。またはずっと下の藪の中を巻いて通ったりね。
で、頂上で記念撮影ですが、あれ、今気が付けば人数が足りません。途中で逃げ帰ったみたい。まあ、いいや。


ちょうどいい具合(?)で、ぽつりぽつりと雨が落ち始めました。すわっ、帰還せよ。「ええー、またさっきの所を通るのー。いやじゃあ。」という生徒を叱咤激励しながら、小雨の中を弥山まで帰らせます。でも、本当にラッキーでした。頂上に着くまでに雨に会わなかったのですから。こんなに今にも降りそうな空の様子だったのに、午前中はぜんぜん降らなかった。これで生徒に恨まれずにすみます。登るときから降っていると、生徒の不満が募って、あとあとこわーい。


トイレを済ませて、あとは一目散に下山です。生徒の多くは、やはり足が痛い、膝が笑う、がくがくすると言い出しました。あまりにも急激にとっとことっとこと山を下りたからです。ゆっくり下りろといくら言っても聞かないのだから仕方ありませんねー。言うことを聞かない今の子供たちだし、山登りの経験がないから本当にどうしようもありません。
一人だけ元気なのがいたので、私といっしょにさっさと先に下山しました。私は、できれば2時までに成就に着きたかったのです。
成就を出るときに、今日は祭りの日なので、午後2時から餅投げをする、と言っていたからです。別に餅がそれほど欲しいわけではありませんが、何となく楽しいじゃあありませんか。ことのついでに餅が拾えればラッキーですから、ちょっと狙おうと思ったのです。
でも残念ながら間に合いませんでした。途中で2時になってしまいました。生徒が言います。「でも声がしない。」あ、そうか、餅投げなら、その騒ぎの声が聞こえるはずだけど聞こえないなあ。ということは雨なので、中止、そして通りかかった人に配るって寸法かもしれぬ。これは希望が持てるぞ。または、雨がひどいので、小降りになるのを待っているのやも知れぬ。で、また元気にせかせかと歩きました。ああ、しんど。八丁坂は疲れるー。
で、成就へ着いてみると、静寂があたりをおおっています。雨の中、誰もいません。
「何もやってないぞ。」「終わったのでしょうね。」「うーん、どうもそうらしい。がくっ。」と、また一計を案じ、社務所に行きました。
「あの、餅投げは終わりましたか?」「ええ、終わりましたよ。雨が降っていたので、さっと済ませました。2時ちょうどに始めて5分で終了です。」「うー、残念。10分遅れてしまった。必死で下りて来たのですけどね。悔しい。」と言ってその場を二三歩下がったとき、背後から声有りー。「もしもし、神様からのご褒美をあげましょう。神社のへそくりですが、これをどうぞ。」と言って、私と生徒に二包みずつ、お餅をくれました。うれしかったですね。気持ちの問題ですが、最後いっしょうけんめい坂を駆け上って来たのですから。生徒に言いました。「当たり、やったね。こうなると思ったよ。」

成就では、玉屋旅館と白石旅館がにらみ合って立っています。どちらも土産物を売り、食堂と宿屋をやっています。
玉屋の窓ガラスに、おお「吾が輩は狸である」のポスターが貼ってあるではありませんか。石鎚NPOの黒田さんの働きかけでしょう。玉屋旅館もそのNPOのメンバーのはずです。24日に、成就の本殿で、わらび座の鬼剣舞(おにけんばい)が奉納されます。「坊っちゃん」全国公演の成功を祈ってのものです。こういうことができるのも、坊っちゃん劇場の今までの積み重ねの結果ですね。黒田jinさんの力添えもあったでしょう。


ところが、私はつい、ライバルの白石のほうへ陣取って、生徒にソフトクリームの宣伝をしてしまいました。よく見れば玉屋でもソフトクリームの看板はあったのでした。生徒は荷物を全部玉屋の縁台に置いて、白石のほうへたまってきました。ソフトクリームを一つサービスしてくれましたよ。さらに、生徒のお土産に何がいいか、の質問に対しても、「柔らか黒豆」がいい、白い栗のマメはダメだとかずけずけとしゃべりまくって売りまくりました。さらに、生徒の一人を抱きこんで、石鎚の杖を買わせました。ははは、やつは家に帰って「こんなものを買ってどうするんだ。あほか、お前は。」とぼろくそに言われたかも知れませぬ。前回は、ほら貝を買わせようとしましたが、さすがにそれは実現しませんでした。別に土産物屋の味方ではありません。山の上でハイになっているだけです。

またロープウェーで下りて、今度は温泉です。今までの石鎚温泉は、こちらが飽きたので、西条市内のJAの経営の「武丈の湯」にしました。なかなか好評でした。夕飯も、今までの東予の「ごはんやさん」から、今治の「海鮮ごはんやさん」に変更しました。こちらは魚屋がやっていて、信じるならば来島海峡の魚を毎日仕入れているはずです。幾たびに刺身が違っているので、信用していいようです。私はブリの分厚い刺身を中心に選んでいきました。生徒の多くもブリの分厚さに引かれたようです。
若竹塾が来なくなると、東予の「ごはんやさん」は商売上がったりでしょうね(笑)。一度に30人近くが来るものだから、あるときは、「ごめーん、ごはんがなくなったー。これからは来る少し前に電話して頂戴。そうしたら炊いとくからねー。」なんてことがありました。

今年は雨が降ったおかげで早く福山へ帰りました。ふだんは、山頂で昼寝したり岩場で遊んだりで2時ごろから下山を開始し、さらに下の加茂川がめちゃきれいだから、1時間ばかり川で遊ばせたりします。今回はそれがなくなって寂しかったですが、早く帰れて楽でしたね。

個人的に一つ気が付いたというか確認できました。やはり年を取って体力が落ちたことをです。
今回は、マイクロバスで来たので、車の運転をする必要がありませんでした。それで、私は本来の私でした。もう岩場ならどこでも歩けて登れました。鎖場も三の鎖以外は、鎖を使わずに登っていきました。これは若い頃にやっていたことです。天狗岳への尾根歩きも、腰を抜かした生徒の荷物を持って、すいすいと岩の上を飛んで行きました。久し振りの岩への密着ぶり、最高のバランス感覚。これって、体力がいっぱいだからなんだなあって思いました。
ということは、最近は車の運転でくたびれていて、体力を使ってしまっていて、こんなに楽しく自信を持って岩場で遊ぶことができなかったんだなあ。昔はそんなことはなかったのになあと、楽しさとは逆に、年を取ったことを感じ入ってしまいました。しょぼん。
ではまたです。  

2007年10月16日 Posted by Poppo at 03:51Comments(3)

はと/あれこれ

みなさん、こんばんは。
YAすベエからの、北アルプス登山の投稿記事はいいですねえ。北アルプスは華やかです。南アルプスは地味です。これから、山登りの道に入ろうとする人がいたら、絶対表銀座がいいですね。アルプス三大急坂といっても、それほど距離があるわけではありません。急なだけです。白馬大雪渓や槍沢のほうが長くて長くて超大変でしょう。
最近、山の話が多いので、少しは音楽の話題です。
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【その1】
 わらび座のミュージカル「坊っちゃん」の全国公演がスタートしました。大阪から始まります。大阪の近くの人には、メールでお知らせしましたが、詳しくは、わらび座のサイトを見てください。本当にいいミュージカルです。わたくし的には、いま坊っちゃん劇場でやっている「吾が輩は狸である」よりも好きなミュージカルです。
 先日、瓶ヶ森から下りて「狸」を見た後、坊っちゃん劇場の山川支配人と少しお話をしました。
「いやあ、河元さん、「龍馬!」がだんだんできていますよ。これはもう、いいミュージカルになると思います。ジェームズ三木さんに全力を上げて作って頂きました。」
「シリアスでしょう?」
「ええ、しかし、ミュージカルですから、コミカルな場面も散りばめています。たとえば、(これは種明かしですね。)龍馬を追う役人が客席に入り込んで、お客さんを問い詰めるんですよ。「お前は誰だ?」「龍馬をかくまっているだろう。」「かくすとためにならんぞー。」とか言ってね。」
「へえ、その場にいたいですね。」
「それから、見てください。この最後の歌、これがいい歌になるはずです。」
「ああ、いい歌詞ですね。誰もが言いたくて、でも何となく言えずにいるせりふですね。曲は、また飯島さんですか。」
「そう、飯島優(すぐる)が作ります。三木さんが飯島を大変気に入ってくれて、もう彼に作らせてくれと言っているんです。」
「僕も飯島さんの曲は好きですよ。もうファンです。」
「坊っちゃんの最後の「ありふれた人生」がすばらしい曲だったでしょう。お客さんは、言ってみれば、最後の、この「ありふれた人生」を聞くために、坊っちゃんを見に来てたようなものでしょう。」
「ああ、そうですねー。言われてみれば、確かにそうかもー。それで、「龍馬!」についても、最後の歌を渾身の力を込めて作られるのですね。」
「そうです、そうです。ぜひ、また来て下さい。」
…ということで、「ありふれた人生」はいい歌です。それから、「龍馬!」も、この歌詞を読むと、期待できそうです。
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「ありふれた人生」
(うらなり)私には取り立てて語るほどの夢もなく、
華やかな才能もひけらかす学もない。
(マドンナ)ありふれた街に生まれ、ありふれた仕事して、
日常のトラブルに悩みながら生きてきた。
(坊っちゃん)憂鬱な駆け引きやいさかいに疲れ果て、
いくつかのウソをつき、挫折感に黙り込む。
(お清)平凡な出来事にうずもれた年月よ。
懐かしい人もいる。許せない人もいる。
(全員)これが人生、私の人生。どこにでもあるありふれた人生、人生。
けれども私には大事な人生。あなたがいるから、素晴らしい人生。素晴らしい人生。

■先日、多くの人に、名簿といっしょにメールに添付して送りましたが、ファイルが大きすぎて送れなかったようです。そこで、ヤフーのブリーフケースに入れていますから、そこから取り出してください。
ヤフーフォトから入って、ブリーフケースに移って下さい。マイドキュメントの中に二つもmp3ファイルを入れています。
ファイル名にマウスを当て、右クリックでメニューが出ますから、「対象をファイルに保存」をクリックすると自分のパソコンにダウンロードされます。

■「龍馬!」よりエンディングテーマ「その手を広げて振り返れ」は、こんな歌です。曲はまでできていません。
若者は心を閉ざして ふれあいを求めず
なげやりなその瞳 傷の深さを思わせる
けれども私は 私たちは 同じ時代を 生きる仲間
その手を広げて 振り返れ 希望のバトンを 渡すまで

悲しみの時を重ねて 人々は老いゆく
ほのぼのと甦る あの日あの歌あの場面
けれども私は 私たちは 歴史を走る 中継ランナー
その手を広げて 振り返れ 希望のバトンを 渡すまで
その手を広げて 振り返れ 希望のバトンを 渡すまで


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【その2】
 これは、キムチからの書き込みがありましたが、もう一度取り上げておきます。
キムチが、30年間続けているバンド活動ですが、松山に拠点を置く、十六夜というグループです。
 今度、10/27(土)にライヴハウスMONKで18時からライヴを行う予定です。この場所、この時間帯は、松山近郊の人は出かけやすいので、ぜひ顔を出したらどうですか?詳しくは、http://ww5.tiki.ne.jp/~izayoi/ を覗いてください。
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【その3】
 ファブの愛娘のあっちゃんが琴の名手だというのを覚えておられますか?
そのあっちゃんの筝のコンサートがあります。
日時:12月16日(日)14:30開場 15:00開演
場所:愛媛県美術館ホール(tel 089-932-0010)
入場無料
主催:あっちゃん本人
※賛助演奏や後援は、あっちゃんが属している琴の会が行います。
また、日時が近づいたら再掲しますが、興味ある人は、ファブまでお問い合わせください。チラシがあります。これを見るとすごいですね。若手筝奏者グループ「Strings曼荼羅」のメンバーだ、とか書いてあります。
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では、明日、雨の中を高校生を連れて、石鎚に登ってきます。
※「瓶ヶ森ツアー」の写真は、ヤフーフォトに入っていますよ。もう見られましたか?
※「名簿」に、センマイが追加されました。必要ならば取り出してください。  

2007年10月13日 Posted by Poppo at 23:30Comments(6)

北アルプス登山顛末?記(その2)

 早速のコメント有難う御座います。そうですか、地面が熱いのは全く気が付きませんでした。もう、大阪を出た時から、登る事にしか意識が働いていなかったので残念です。



 忘れていましたが、燕山荘(えんざんそう)では、生ビールもあり登頂後、テントを張ったらこんな感じです。



 ここで山の高齢化の話しですが、POPPOさんも以前に云われていた通りで、また、雑誌にも良く取り上げられています。が、今回のこのコースに限ってはそんな事は忘れてしまいそうです。
 ただ、以前に子持ちの若い社員が「僕、少子化なんて全然感じませんネ~!」「なんでヤ?」「だって、六ヶ月検診とか行くと、赤ん坊ばかりやもん!!」と、真顔で言うので、この国の問題の深さを感じてしまった事があります。
 そう、このコースは、北アルプスの入門コースでもあり、また、表銀座と云われるコースなので、若い方が集まって居て当然です。なので、依然として高齢化の問題はあるのですが、ここでは、すれ違うパーティー、抜かれるパーティーと若い方がかなり居てすごく活気があります。嬉しくなります。
 そんな、私達も、50代から20代と幅広くいますが、2/3位は30代で結構、いい感じですよ~!
 そんなこんなで霜柱の立つ寒い朝ですが、とても気持ちの良い朝です。燕岳も朝日に輝いています。



 まずは、大天井(おてんしょう)岳を目指して出発です。



 はるか向こうに槍を見ながら、今日も抜群の天気の中、稜線をずっと行きます。昨日のような激しい登りもほとんどなく、また、猛暑の名残か紅葉は控えめではありますが、やがて彩りを添えてくれます。





 花崗岩のオブジェ、蛙(げいろ)岩や、切り通し岩、そして、はいまつの中を抜けたり、散策気分でとてもゆったりと進みます。



 紅葉の向こうに、槍がだんだんと近付いて来ます。
やがてこのコース唯一の、危険とはあまり感じない、ささやかな鎖場を降りると大天井岳への登りが待っています。
 富士山ではあえぎあえぎで大変苦しかったので、一ヶ月程、鍛錬をしておりました。
 それは、会社の非常階段に、防犯カメラやWebカメラの無い事を、良く確認してからになりますが、夜な夜な10階までの階段を、5往復程登り下りをするのです。
 勿論、無負荷では駄目なので、リュックに2Lのペットボトルを4本程入れて鍛えます。
はじめは、ハアハア、ゼーゼーで、休み休みですが、後半では、5往復ノンストップです。
もっとも、後半になると、ちょっと涼しくなった事も要因かもしれませんが・・・
 考えてみれば、一人で非常階段をリュック背負ってひたすら登り下り、多い日は5往復を2バッチ、10往復します。カナリ変なおっさんかもしれませんね。誰にも見られはしませんでしたが・・・
 ただ、これは70歳を過ぎてエベレスト最高齢登頂を果たした、あの三浦雄一郎さんが、毎日リュックを背負って、さらに、足と手にもオモリのベルトで負荷をかけて、鍛錬していたのを参考にしています。
 彼は、それを街中でどうどうとやっていたと云うところが、小人と世界を目指す人との差でしょうか?



 登り下りは少ないとは云へ、今回の最高峰2922mへの登りは、やはりきついものがあります。
そこを何とか、三浦雄一郎トレーニング?でこなし、来た道を振り返ります。
 あと少しで大天上ヒュッテです。そこから、頂上までは約10分です。



 頂上です。360°の展望が開けて気持ちが良いです。



 またまた槍ですが、もう目の前に見えます~どうだ~!!って、感じでしょうか?
 景色を堪能したら、ヒュッテへ下ってアルファ米のエビピラフとか、ヒュッテのカツカレーとか、昼はめいめいが調達したもので食事です。


 
 ここから大下りとか瓦礫の山とか、はいまつのグリーンの中とかどんどん歩きます。
 午後になると、ちょっとガスが出て来たりしますが、ついに常念岳が姿を現します。



 なかなか良い絵だと思いませんか?ただ、落石だけは勘弁して下さいって感じでしょうか?
 その後、ついに今回の最終目的地である、常念岳です。この赤い屋根の山小屋の左下のテント場に今日は泊ります。そして、早朝に登り、またまたご来光を拝もうと云う計画です。



 そして今日も宴会が始まり、並行して満天(満点?でも良いですけどね)の星が広がって来ると同時に、強烈な冷気にも包まれて来ました。
 それで、飲んでも飲んでも酔いは回って来ませんが、宵は更けて来ます。
 寒いながらも、盛り上がり、豚汁、シチューにフランスパンのトースト、なぜかうどんを作ったり、餅を焼いたり、ワインに、30年ものと云う怪しい、とろりとして甘いシェリー酒、芋焼酎に紫蘇の焼酎とか、ウイスキー、焼き鳥に、さんまの缶詰を火にかけ、ねぎをかけてご飯に載せる者、オリエンタルキーマカレーと云うノスタルジックなものに魚肉ソーセージをいれて作る者とか、ヒッチャカ、メッチャカ?な状態になって行きます。
 しかし、そこは、全員が同じ会社の企業戦士達です。そろそろ撤収と云う空気になると、一気に、使える食材と、ゴミを分別、食器類に、バーナー等テキパキと片付けます。
 そして、月の輪熊やキツネが来るので、テントの中へ片付けましょう~の看板に従い、分担して自分のテントへ持ち帰ります。
 これは、あざやかです。みごとです。

 と、そこまでは良かったのですが、この後、天気予報では寒冷前線(低気圧)のため、崩れるとは云っていましたが、満天の星が出ているのに天気予報的中です。
 夜半から、風が出はじめ、雨も混じり、それがどんどん激しくなります。3時頃には本気でテントが飛びそうな上、ベンチレーターを紐で外へ引っ張って無かったため、外へ出しても出しても中へ入り、ロート状となったところから雨水が入り、床上浸水です。
 しかも、一つのテントはドーム型でない(家みたいな型)ため、ポールが折れて大変です。
 それで、まだまだ暗い4時頃からテントも撤収し、山小屋へとりあえず非難する事に・・・と、良く見ると残っているのは私達だけです。周りの他のパーティーは、なんと、既に撤収済みで、小屋に避難していました。
 その後、夜が明けましたが、相変わらずの天気です。しかし、何とか下山できる程度のため、常念岳登頂はあきらめ、ヒエ平へと下山する事に。
 その前に、山小屋で、出発前に予約したタクシーの時間変更をして、いざ出発です。
 下山道は川となり、沢は濁流となり、岩は滑り、道はぬかるんでスリリングこの上無しです。
 途中で、このペースでは、予約した時間に間に合わないので、山になれた、地元長野の登山隊員が走って降りて、タクシーを確保して呉れました。
 後で、聞いた所によると、途中、子熊が道で寝て居たとの事、こちらの気配で逃げてくれたが、母熊が出て来ないか、もう大変恐かったとの事でした。
 最終的には無事、全員が何事も無く、下山し、長野の隊員の案内で温泉につかり、食事をして、それぞれの日常へと帰って行きました。
 
 ま~こんな感じです。へたな絵日記風ですみません。常念岳や、おてんしょう岳の名前の由来とか?もっとためになる話を入れれば良いのかもしれませんが、心と体のストレス開放が目的ですので、気軽に行ってしまいました。
 次回は、やはり槍と云う話もありますが、その前5月に、(ケシコさんはすでに制覇した)尾瀬に行こうか?と、云う話もあります。(トライアスロンにも出ている屈強な輩、山経験豊富な輩もメンバーには含まれていますので、槍でも大丈夫です。私はヘナヘナですけどね・・・)
 今回、嵐に見舞われて大変でしたが、終ってみれば記憶に残る山行きでした。
 あの、すごく気持ちの良い景色と、空、空気、また行きたいな~と、切に思います。そのためにも時々、10階5往復で鍛錬を続けておかないといけません???ね・・・

 今回の山の写真を抜粋(プライバシー?の問題があるので、風景と私しか写っていませんが、)してオンラインアルバムにしています。
 また、覗いて見て下さい。→http://www.imagegateway.net/a?i=29siXLxnTo

 
  

2007年10月13日 Posted by YAすべエ at 10:16Comments(0)

北アルプス登山顛末?記(その1)

 皆様、お久し振りです。YAすべエです。→ちなみに「べ」は平仮名です。
ご無沙汰しておりました。瓶が森欠席はとても残念でした。すみません。 
 写真で拝見した所、山荘しらさのホール?は、すごく良いですね~柱時計があり、暖炉、そしてゆったりとした時間が感じられますね~美味しいコーヒーでも飲みながらのんびりと(金沢の人なら、ゆたーっと、しまっしorいんぎらっと、しまっし と、云う感じでしょうか?)してみたいですね。
 
 また、takuanのトロ他 トレビアン(は、何語だっけ?スペイン語ぢゃ!ない???)な食材はすごいね。羨ましい限りです。

 そんなわけで、少し私の山行きの話も聞いて下さいね~!



 富士山に続いて、またまたご来光です。信じられない程の晴天からスタートします。(その後、最終日に思わぬ事態が発生するまでは・・・)

 金曜の夜8時過ぎに東大阪を出発、なぜか目的地と反対側の大阪市内で人を拾いながら、名神から、中央道を乗り継ぎ、岡谷JCから穂高方面を目指します。
 深夜を大分まわって到着、コンビニに寄ったり、仮眠したりしながら、4時頃待ち合わせ場所のJR豊科駅で合流、安南タクシーの駐車場に自家用車を停めて、予約してあったジャンボタクシーに分乗し、中房温泉の登山口へ。
 そこで準備運動、トイレ等々済ませて、北アルプスの三大急登の一つと云われる坂をひたすら、登り登りで合戦尾根の小屋を目指します。
 ここでめいめいが用意した昼食後、またまた登り登りです。そして何とかこの日のゴールが見えて来ました。



 燕(つばくろ)岳です。テント泊でしたので、テント場で見ていると、まるで絵の様にクリアに迫って来て、いつまで見ていても見飽きることが無いかの様でした。ここには山荘もあります。夕食の後はスイスの、あのアルペンホルンの演奏がある事で有名です。(繰り返しですが、テント泊ですので残念です。)
 右下の白い斜面には、初夏でしょうか?良い時期に来るとコマクサが可憐な花を咲かせている事でも有名だとガイドブックに出ています。また、燕岳のシンボルになっている様で、山小屋のキーホルダー等、コマクサのものが沢山ありました。

 

 ちょっと見たく無い姿かもしれませんが、どうですか?この空。何となくこんな姿で頂上に立ってみたくなる気持ちも、少し理解して頂けるものと思います。



 夕方には、振り返ると、槍ヶ岳です。槍と小槍がシルエットになって浮かんで来ます。
 北アルプス登山隊は、今回、男10人と女性3人で結成しております。



 夜は、やはり定番の宴会です。よくぞこの坂をこれだけの食材と、山用品とは云へ、調理器具を持って上がったものです。(写真は事情と都合により省略です・・・悪しからず)

 風が出て来て、寒さに拍車をかけますが、すごい空です。月がまだ出ていない事もあり、まさに満天の星空です。
 まだ、私が小さかったあの頃、街灯も整備されておらず、高度成長前で、クリアで暗いあの空の星空です。40年振りでしょうか?小学校低学年の時に、担任の先生と隣のクラスの先生が、二人で、星空観察会を催し、色々と(と云っても、北斗七星とか、カシオペア座とかですが・・・)説明して頂き、当時、勿論、今でもですが、すごく印象深く記憶しています。
 
 この満天の星空はちょっと写真では無理ですので、皆さんも、小さい頃のあの星空を思い出してみて下さい。

 写真は、夜明け前の月と金星のランデブーです。
 とりあえず一日目はこれ位で完了します。(なぜか下にページでエラーが発生しました~と、出ているので、ちょっと試しに保存してみます。)
  

2007年10月13日 Posted by YAすべエ at 00:21Comments(18)

はと/瓶ヶ森ツアー③

 さて、朝になりました。台風の影響で好天は望むべくもなかったのですが、それでもちょっとは期待していました。昨夜も夜半に外に出てみると、西条の街明かりはガスを通して見えていました。が、高知側は黒い雲がどんよりと固まっています。ここは本当に稜線、分水嶺なのです。北側の空は白いのに南側の空は暗いのです。
 夜中にときどき、ざーーーと雨音がしていました。起きたときは小雨でした。でも山歩きをするには向いていません。よし、朝ご飯を食べて、「坊っちゃん劇場」へ突進ということに決まり。
 山荘の外で、記念撮影をしました。後ろの二人がマネージャの小森さんとその奥さんYOKO(漢字が??)さんです。左の若い女性は、高知のアルバイトの方。明るくて元気で親しみやすくて、いい人ですよ。彼女、高知からこの瓶ヶ森の山中まで原付で来たのです!国道194号線からは急坂につぐ急坂、さらにくねくねと曲がり角がいっぱいの道。もちらん、高知側は絶壁のところが何箇所もあり、愛媛側だって山を切り崩していますから、垂直の岩壁がそびえて落石の危険性もあります。いちばん怖かったのは、トンネルだったって。「照明も何もない真っ暗なトンネルで出口が見えない。行っても行ってもなかなか向こうに出られなくて、もう怖かった。」


 山荘の全体像は見えませんが、後ろのような建物です。老朽化していますが、まだまだ大丈夫。ふだん使用するところはきれいに掃除されています。現在は、各部屋とか要所要所に吸湿機が置いてあるので、かび臭かったり湿っぽくはありませんでした。この場所はどうしても地面からの湿気が上がって来るのです。小森さん曰く「昔のしらさは、泊まるときはベトベトの布団に寝るのを覚悟しなければならなかったらしいですよ。」うへえ。夏はさぞかしナメクジが出ることでしょうね。
 帰り道は、来た道と同じ道。早かったなあ。でも景色がいいのでちょっとトロトロと走りました。ケシコのまたまたアロマの話。あっちゃんの琴の話。あっちゃん、うんざりの50のおばさんたちの思い出話がたんまりと。そうそう、メンバーのニックネームのことで盛り上がりました。あの名前のいわれは何だ、どういう意味なんだ、だれがいつどうやってつけたんだ、とかね。そうですねー、これも忘れられないうちに、ブログ上で特集を組みましょうかねー。一つの名前に異論続出したりしておもしろいかもね。よし、そのうちやろう(宿題)。
 のんびりしていたら、あれ、10時開演だろう、もう9時過ぎだよ、ヤバッ、間に合わないかもー。ということでスピードアップです。あっちゃんは、もうこれ以上、おばさんたちの思い出には付き合えなくなったので、リタイヤ、砥部でさようならです。地元人間、ファブのナビで裏道を走り、セーフ。ところが開演時間がー、違っていったのっです。開演は10:30でした。ま、これならよい間違いですね。


 というわけでー、坊っちゃん劇場の周辺では、コスモス畑のコスモスが花盛りでした。もちろん突進です。見て回って写真を撮りながら、おしゃべりをしていましたら、リロリロ、携帯が鳴っています。おもむろに取り出すとガイチ君からです。「お、岡井からだ。」「またー?(笑)」「気にしてくれてるんですね。」「なら、来ればいいのにねえー。」などと半ば悪口を言っていると、「はいはい、ぽっぽだよ。」「おーおー、ここにいるぞ。右上。」「あん?」「来てるんだ。」「来てるー?おいおい、岡井はここに来てるんだって。」「ええー、悪口を言ってたばかりなのに。」「だから来たんだ。」「どこどこ。」「ここ、坊っちゃん劇場の前の横。」「ああ、ほんとだー、ガイチさーん!」やれやれ、人生はおもしろいね。


 やっと思い出しました。ガイチ君は、岳父の状態が悪くなったので、この連休に急きょ帰省しなければならなくなったのでした。昨日、「狸」は見たそうです。今日は、もう帰らなければならないのですが、天候状態から、きっとここにいると踏んで寄ってみたら、ドンピッタシということです。すっごいねえ、はとのメンバーの見えざる能力。それで合点がいきました。前日、ガイチくんからメールが入っていて、「コスモスがきれい。気をつけて行ってらっしゃい。」前の文はいったい何なんだ?季節の挨拶か、それとも彼の家の前に咲いているのか、などとのん気なことを考えていました。ああー、のん気というか、やはり私も少し天然か、彼から、連休は帰ると聞いていたのをすっかり忘れていたのです。さらに、坊っちゃん劇場へ来たらいいよ、とかの話もしていたのです。まるっきり抜けていました。ケシコが天然というのは、きっとみんなが認めると思いますが、私もとうとうそうなってしまったような…。前からその気はありましたか?


 てなわけでー、またまた再会再会、ドラマです。ガイチ君の奥さんとも話しましたね。お父さんが大変なことで気になるでしょうし、お世話をしないといけなくなるのでしょう。体を壊さないようにして下さい。では、また会いましょう!


 肝心の「狸」ですが、ジュリ絵がもとの有ちゃんに戻っていて、やっぱり有ちゃん上手。演技もうまいし、「舞台の上では」可愛いなあ。ノボは青木ノボで、初めての人は新鮮だったようです。メリタンは僕のひいきの杏、でも今日はちょっと風邪気味なのかなあ。声が伸びていなかったし、音が外れ気味。そう、実は外れるのが本来の杏なのですけどね…。ドロベエは、あの有名な上条恒彦-彦さんです。おおー、「吾が輩はリーダー」の歌の最後のところで、3度上の音でフィニッシュを決めたぞー。お父さんと同じように、声がどんどん出るようです。ケシコはときどき眠っていたようです。ファブも気持ちのいい音楽が頭に入ってくるとすやーっと寝入ってしまう、と言っていました。


 終わって、ロビーでもちろんオトミたちとワイのワイのとやっていると、ファブが「チョビンが来るんだって。あと15分で。」ひえー、ガイチ君の次は、チョビンだー。さすが、はとです。ファブとチョビンは近くに住んでいながら、この30年まだリアルには会っていません。だから居ても立ってもいられなかったのでしょうね。本当は、ファブとは来週に坊っちゃん劇場で会う予定だったのだけど、つい今日来たくなったのでしょう。おおー、感激のご対面ー。満面の微笑みが二人の顔を覆い、そして熱い抱擁(はなかったか)。


 さあ、みんなして昼食です。まり子さんは腹が減って腹が減ってふらふらしております。これまた私の好きな中国人マダムのいる老香港へ行きました。ちょっと多いけど、北京定食Bを三人が、海鮮おこげご飯を二人が注文して、食後のコーヒー付です。
 食べていると、おおー私にメールが!「ガイチさんだよ、きっと」とみんなが言う。「徳島のサービスエリアでヨッコと会っているんだってー!」わわー、と一瞬どよめきが上がりました。間接的ではありますが、またまたメンバーが一人登場。さすが、はとです。あきれます。
 そろそろお別れですねー。チョビンがケシコを道後温泉まで車で送り、私はファブを砥部の家まで送ります。ケシコは夜に関西汽船で小倉まで帰ります。ファブの家でまたあっちゃんと出会いました。寝起きでした。彼女の琴の演奏会のチラシを頂きましたので、後日、案内しますね。
 帰宅後、探してみても「歌集」がありません。これはー、仕事場に忘れた気配が濃厚。むむむむむ、誰かに見られたら、なんじゃこりゃー、と奇妙奇天烈扱いされること必至。明日、早く行って隠そう、と思っていたら、明日は別の教室で会議。結局私の机の上にありましたが、はて、私がそこへ置き忘れたのか、誰かが持って来てくれたのか、定かではありませぬ。
 はーい、長い間のご購読ありがとうございました。なお表に出ない、出せない数々の秘密の写真は、例のところに格納されていますので、こっそりとのぞいてください。終わり。  

2007年10月10日 Posted by Poppo at 22:59Comments(4)

はと/瓶ヶ森ツアー②

 まずは、昨日の瓶ヶ森の続きです。
霧の立ち込めて空を黒い雲が覆うと、あたりは少し凄惨なようすになります。
「あの笹原の中に死体があるかもね。」
「火曜サスペンス劇場でこんな場面が出てくるよな。」
などと話しています。本当に白骨樹がミイラ化した人の死体に見えたりします。
でも晴れていたら、青い空の下、広大な緑の笹原はこの世のものとは思えないくらいきれいです。
笹の根もとに咲いている花がたくさんあります。
これはリンドウ。何リンドウかよく分かりません。アサマリンドウかな?フデリンドウは別のところにあったので、違います。


 ケシコがしきりにオトギリソウを気にしていて、弟切り草のいわれまで覚えていました。私もこれがそうかな、とつい思いましたが、違いました。これはアキノキリンソウだと思います。


 さあてと、山荘しらさへ帰ってきました。まり子さんは、私がお弁当を車の中に入れたまま瓶ヶ森まで行ってしまったので、しらさでカレーを食べたようです。ここには簡単なランチメニューがあります。コーヒーはおいしいそうですよ。きっと水がいいし、空気がきれいだからね。
残念ながらお風呂は温泉ではありませんが、ここの水はすべて、峠の谷500m下からポンプアップしているそうです。ブナ林で浄化され、ミネラルをたっぷり含んだきれいな水…。


 お風呂のあと、夕食を食べ、コーヒーを飲んで休憩。その後、歌う会を始めました。ここにもギターが置いてありましたが、私のギターを持ち込みます。この日のために用意した歌集を配ろうとしたとき、あれー、あれあれー、ないよー。7月に使ったものをいくらか修正したものを拡大コピーして用意していたのにー。ないよー。きっと塾の机の上に忘れたんだ。うえーん、あれには一般の人も知っている歌があるから、私たち以外のお客さんもごいっしょにどうぞ、と思って余分にコピーしたのにー。とほほほ。仕方がないから、いくつか別のものを持ってきていたので、それで密かに歌うことにしました。
 ファブはゴスペルソングのクラブでアルトをやっているそうで、現役です。いい声でした。ケシコはちょっとお疲れ気味かな。私は、寄るとしなみと仕事柄、声をつぶしているので、出している音が合っているのか違っているのかも定かでないときがあります。それで、「なっくしたーくなーいー」というような歌は出てこずに、もっぱら静かにハーモニーを楽しむ歌になりました。
 歌った歌は、「夕陽に向かって」これでちょっとくたびれ~。「イムジン河」このとき、外野から参加者あり。大きな声が聞こえてきました。「ブーゲンビリア花咲くハノイよ」歌詞がない、コードもない。ときどきコードを入れるだけにしてえ、もっぱらハモリを追求。まあ、きれいだな、と思える瞬間がときどきあって、満足。ケシコ曰く「ハモルなんて30年このかたなかった。」うーん、何か言外の意味を考えてしまう、ちょっとしんみりした瞬間でしたが、本人はいたって平気で何にも感じていなかったご様子。多少気づかって、かつ、からかったのは私とファブでした。
 あと、映画「同胞」から「ふるさと」おーおー、歌詞の順番がめちゃくちゃ、大変だ。それから、その中のミュージカルの楽譜を用意していたので、即興で2曲を歌う。わらび座の「坊っちゃん」より「ありふれた人生」も楽譜がありました。そして、ハモリの追求で、出ました「フィンランディア」歌詞がほとんど???なので、ほとんどララララ~で超がまん。最後にケシコのリクエスト「わが大地の歌」しかし歌詞がきちんと出てこない。途切れ途切れしか出てこない。ここでも30年の月日の長さを感じました。万寿のソロのことが話題になる。定演で歌った歌のことでひとしきり話が盛り上がりました。
 終わりごろ、マネージャー小森さんの奥さんのYOKOさんが携帯で写真を撮っておられたので、これはしらさのブログに載るぞ、と思っていたら、案の定そうなりました。昨日の記事にURLを載せています。なかなかいい雰囲気で写っています。


 この山荘しらさは思ったとおり、はとにぴったりですよ。客室は階下にあるので、このホールで歌ってもうるさくはないでしょう。広くて木のにおいがして暖かで落ち着いて、もう最高です。床でごろごろしながらでも歌える。小森さんも言っていました。「ごろごろしていいようにカーペットを敷いたりしています。」炭火用の炉があり、煙出しのフードがいいアクセントになっています。ペンダントの照明も雰囲気を作っています。イスがよければ、食堂が空いていればOK、または階上に喫茶コーナーがありますから、そこも使えるでしょう。和室がいいなら、大広間もあるでよー。最高100人は泊まれるキャパシティーがありますから、いろいろと余裕があり、それが気持ちにゆとりを感じさせてくれます。
 外に出れば笹原、ブナ林、遠くに石鎚が見える。また窓越しにすぐ何本ものブナやシラベや数々の木々が枝を差し出しています。今回の瓶ヶ森ツアーは、試しの意味もありましたが、答えはすぐに出ました。「またここでやろう。」もちろんもっと多くの人が参加してです。毎年やれば、そのうち延べで全員が顔を出すことになるでしょう。まだ小学生のいる人は、子供の行事が多かったり、子供を置いて家を空けられないのでむずかしいでしょうが、そのうち高校生になると、参加できます。そうやって息長くやればいいと思います。
 このブログも息長くやりますね。入れ替わり立ち代わりで、いつかどこかでみんなが携わってくれることが願いです。


 「はと、しらさ会」についてのご意見、ご要望をコメントにお書きください。季節はいつがいいか、準備はいつから始めるかとかね。山へは登らなくても、ちょっと外を歩くだけで、しらさは一日中いてもいいところです。ただ絶対一泊しないとつまんないですよ。それから大声で歌ってもいいのだけど、あそこの雰囲気はしっとりとハーモニーを響かせメロディーをたなびかせる、という感じです。前もって楽譜を配布するので、個人で練習しておいて、しらさで合わせるのがいいでしょうね。そしてCDを作る!私の夢です。みんなの夢でもあるでしょう。ね、ぜひやりましょう。ぼちぼちでいいから、毎年やっていく。
 歌ってしゃべっていると、あっという間に時が経ちます。9時になると静かにしないとね。部屋に戻ることにしました。ケシコは横になると同時に寝入ったということです。ファブも早めに寝たのでしょう。翌日、あっちゃん曰く「おかあさん、うるさい。もう大きい***を**から眠れやしなかった。」さすがファブ、昔から豪傑です。そうそう、夕食のとき日本酒を冷やと熱燗でちょっと飲んだのでした。私はお酒はだめー。少し口をつけるとあまくておいしいのだけど、体が拒否する。


 私とまり子さんは、また上へ上がって小森さんと大ばなしをします。昨年お世話になったときから、気が合うというか、議論するというか、とにかく話が深まってゆくのです。よーくものを考えておられる人です。この山荘を経営してゆく意義、山荘に来る人にどう接するか、単なる宿泊以外にどんなサービスができるか、まだまだしたいこととか、夢を語られます。さらに、最近仏教思想にはまっていて、昨年はインドに行って、あれこれと貴重な経験をしたそうです。なかなか感受性豊かで思想性十分な方ですから、多少疲れることもあるけど、話し出すと止みません。11時になりました。奥さんのYOKOさんが何やら怖い顔をして近づいて来られました。「明日の朝は何を出すの?みんなが指図を待っていますよ。」「ええー、明日は普通だよ。」「寝ないと明日があるのよ。」ひえー、はいはい、私どもも悪うございました。ではお休みなさい。


 これは、しらさの近所を散歩していて見つけた山ブドウ、でも野ブドウの性質が強いような…。もちろん収穫収穫、でも売れ行きはかんばしくありませんでした。なんせ、酸っぱい。季節はずれの野イチゴも3つほど見つけました。これはすぐに売れました。  

2007年10月10日 Posted by Poppo at 03:10Comments(1)