はと/ちょいと失礼
みなさん、こんばんは。
今夜もちょこっとだけ顔を出します。

写真は、そう私が子供のころに植えたユズの木です。背丈はかなりあるのですが、太っていません。
実をもぎに来たのです。たくさん生っています。が、ユズの木ほど、実の採りにくい木はありません。
まず、太く鋭いとげがたくさんあって、素手はもちろん手袋をはめていても、枝をつかむこともできません。
実のつきがいいので、実を握ってもごうとしてもなかなか採れません。付け根の細い枝がしっかりと粘るので、いくらグニグニと曲げても折れないのです。そうこうしていると、手にトゲが刺さって痛いのなんのって、うずくのです。

そんなときは、思い切って引っ張って、へたを枝側に残すようにして、実を引きちぎります。
今回は、枝切りばさみを持って来ていますが、細い枝がしっかりしていて、枝の中にはさみが入らないのです。しかも、どこを切ればいいのかよく見えない。
適当に、えいやっと切っていって、何とか20個くらい採りました。あとはあきらめました。なにしろ、首が痛い。

ここは、昔は久井町、今は三原市となっている、私の古里の古家のあるところです。畑は草がぼうぼうで、イノシシに荒らされまくりです。ユズの他には、柿、梅、花梨、栗があります。フキやミョウガも採れます。竹やぶもあり、その中に変な一種の地蔵さんみたいなのが、あって迷惑しています。
私の敷地内にあるものだから、放っては置かれず、ときどききれいに掃除をします。私はほとんど信じてはいませんが、父母が気にしています。

ここだけの話ですが、私が子供のころは、この地蔵?の石は、しばしば私に竹の刀でぶたれていたものです。
「地蔵、かくごー」と叫んで、竹の棒で、パシー、ペシーと思い切りたたいていました。果たして罰は当たったのかどうか?
しかし、思うのですが、地蔵とかなどは、子供が友だち、子供も地蔵が友だちだと思うのです。あんな無垢で純粋なものを、どうして地蔵がうらむものですか。たたかれても友だちだったはずです。大人は、何かないと地蔵などのそばへは来ませんが、子供は毎日のように訪れては、ぶちたたいて帰っていきます。遊びなのですから、けっして地蔵はうらんではいなかったと思います。
現代の子供達は、お寺とか神社で遊ばないのでしょうね。大人も遊ばせないのかもしれませんね。
私が子供のころは、お寺や神社は子供の遊び場で、お寺の本堂、仏像、神社の床の下、狛犬などは、子供の友だちでした。ときどき、叱られていましたが、お寺や神社は子供がたかっていたときが、いちばんの花だったのではないでしょうか。子供が集まらないお寺や神社には仏も神もいないような気がします。
ね、そう思うでしょう?みなさんも、学校の帰りに神社の床の下でかくれんぼをしたり、野良犬を可愛がったり、境内で缶ケリをしませんでしたか?
思い出せば「はと」の宇和島での夏合宿で、どこかお寺の本堂で寝泊りをしたことがありましたよね。
歌に合わせて、ごーんごーんと鐘を鳴らしたり、木魚をぽくぽくと叩いたりしました。裏側のお骨置き場に肝試しに行ったり、はたまた、そこが涼しいのでその中で歌ったりしましたねー。
朝、私たちがごろごろと寝ているところへ、和尚さんがやって来て朝のお勤めをされるときに、「おや、この木魚の座布団がないが。」それを聞いて、私はがばっと起きて、「ははー、ここに御座います。」と和尚さんに差し出しました。実は、私が枕にしていたので御座います。
という具合に、お寺とか神社は子供と若者と友だちになったらいいですね。(何のこっちゃ)
今年ももうすぐ終わりそうです。思い起こせば、夏の始めに行動開始、そして30年ぶりの結集。楽しかったですねー。本当に、まるで今でも夢のような気分です。今年は充実していました、と胸を張って言えます。
来年もよろしく、です。また集まろうね!
最後にこの写真をお送りしましょう。正真正銘のユズ風呂だあー。
今夜もちょこっとだけ顔を出します。

写真は、そう私が子供のころに植えたユズの木です。背丈はかなりあるのですが、太っていません。
実をもぎに来たのです。たくさん生っています。が、ユズの木ほど、実の採りにくい木はありません。
まず、太く鋭いとげがたくさんあって、素手はもちろん手袋をはめていても、枝をつかむこともできません。
実のつきがいいので、実を握ってもごうとしてもなかなか採れません。付け根の細い枝がしっかりと粘るので、いくらグニグニと曲げても折れないのです。そうこうしていると、手にトゲが刺さって痛いのなんのって、うずくのです。

そんなときは、思い切って引っ張って、へたを枝側に残すようにして、実を引きちぎります。
今回は、枝切りばさみを持って来ていますが、細い枝がしっかりしていて、枝の中にはさみが入らないのです。しかも、どこを切ればいいのかよく見えない。
適当に、えいやっと切っていって、何とか20個くらい採りました。あとはあきらめました。なにしろ、首が痛い。

ここは、昔は久井町、今は三原市となっている、私の古里の古家のあるところです。畑は草がぼうぼうで、イノシシに荒らされまくりです。ユズの他には、柿、梅、花梨、栗があります。フキやミョウガも採れます。竹やぶもあり、その中に変な一種の地蔵さんみたいなのが、あって迷惑しています。
私の敷地内にあるものだから、放っては置かれず、ときどききれいに掃除をします。私はほとんど信じてはいませんが、父母が気にしています。

ここだけの話ですが、私が子供のころは、この地蔵?の石は、しばしば私に竹の刀でぶたれていたものです。
「地蔵、かくごー」と叫んで、竹の棒で、パシー、ペシーと思い切りたたいていました。果たして罰は当たったのかどうか?
しかし、思うのですが、地蔵とかなどは、子供が友だち、子供も地蔵が友だちだと思うのです。あんな無垢で純粋なものを、どうして地蔵がうらむものですか。たたかれても友だちだったはずです。大人は、何かないと地蔵などのそばへは来ませんが、子供は毎日のように訪れては、ぶちたたいて帰っていきます。遊びなのですから、けっして地蔵はうらんではいなかったと思います。
現代の子供達は、お寺とか神社で遊ばないのでしょうね。大人も遊ばせないのかもしれませんね。
私が子供のころは、お寺や神社は子供の遊び場で、お寺の本堂、仏像、神社の床の下、狛犬などは、子供の友だちでした。ときどき、叱られていましたが、お寺や神社は子供がたかっていたときが、いちばんの花だったのではないでしょうか。子供が集まらないお寺や神社には仏も神もいないような気がします。
ね、そう思うでしょう?みなさんも、学校の帰りに神社の床の下でかくれんぼをしたり、野良犬を可愛がったり、境内で缶ケリをしませんでしたか?
思い出せば「はと」の宇和島での夏合宿で、どこかお寺の本堂で寝泊りをしたことがありましたよね。
歌に合わせて、ごーんごーんと鐘を鳴らしたり、木魚をぽくぽくと叩いたりしました。裏側のお骨置き場に肝試しに行ったり、はたまた、そこが涼しいのでその中で歌ったりしましたねー。
朝、私たちがごろごろと寝ているところへ、和尚さんがやって来て朝のお勤めをされるときに、「おや、この木魚の座布団がないが。」それを聞いて、私はがばっと起きて、「ははー、ここに御座います。」と和尚さんに差し出しました。実は、私が枕にしていたので御座います。
という具合に、お寺とか神社は子供と若者と友だちになったらいいですね。(何のこっちゃ)
今年ももうすぐ終わりそうです。思い起こせば、夏の始めに行動開始、そして30年ぶりの結集。楽しかったですねー。本当に、まるで今でも夢のような気分です。今年は充実していました、と胸を張って言えます。
来年もよろしく、です。また集まろうね!
最後にこの写真をお送りしましょう。正真正銘のユズ風呂だあー。
2007年12月29日 Posted by Poppo at 02:16 │Comments(2)
はと/映画・食べ物屋③
みなさん、こんばんは。
相変わらず仕事です。でも、なぜか昨日はすごいアクセス数ですね。
これは放ってはおけないので、今日は何とか入れます。
映画は、「殯(もがり)の森」から、二つ見ましたよ。
一つは、イタリア映画「題名のない子守り唄」です。今年のイタリアのアカデミー賞を総なめした作品。監督は、「ニュー・シネマパラダイス」「海の上のピアニスト」「マレーナ」のジュゼッペ・トルナトーレ、音楽は「荒野の用心棒」「死刑台のメロディー」などのエンニオ・モリコーネです。トルナトーレとモリコーネのコンビの映画ですから、見逃せませんでした。
とても悲しい女の話です。とても強い母性を持った女の話です。サスペンス仕立てで、はじめは何の話かよく分かりません。売春宿の話かと思うとそれは違うのです。自分の過去をめちゃくちゃにした男に対する復讐劇だろうとずっと思わせます。しかし、違うのです。

しかし、モリコーネの音楽はいいなあ。美しく悲しく、かつ慈愛の響きが優しく奏でられて…。どうしてイタリア映画って、こう心にしみるのでしょう。「人生」を写してくれますね。映画は写真というのが、よく分かります。
自分のことではないのに、自分のこと以上によく分かる映画です。
とてもはらはらして、つらい思いのする映画ですが、最後の1分くらいで、あーーと涙腺が一気に緩んで、うわーんとなる映画ですよ。
自分がほんの少しでも映画ファンだと思う人はぜひ見られたらいいでしょうね。
年が明けたら、イタリア映画を少し探りたくなります。
私が一本だけ映画を選べと言われたら、とても苦労しますが、やはり、イタリア映画の「鉄道員」でしょうね。
もう一つは、ふと気になった映画「Little DJ 小さな恋の物語」です。最近の日本映画ですが、むかしのイギリス映画「小さな恋の物語」を思い出すでしょう?トレーシー・ハイドが可愛かった。ビージーズの歌が懐かしい。
中1の男の子と中2の女の子の小さな恋の物語です。キャンディーズの「年上の男の子」が流れる、その頃の話。白血病にかかった男の子が、病院内でお昼のDJを始めます。そういった開けた病院でした。そのDJで患者が楽しくなったり励まされていきます。中には、へそを曲げる人も出てきますが、最後には少年の良き理解者になります。そして中には、DJを通して知り合った人が亡くなったりします。

恋の話よりか、病院内の人間模様のほうがよく出来ていました。
交通事故に会って、入院してきた「ミイラ人間」の女の子に恋をしてしまって、DJなのに、告白する勇気がなくて、ずっと悩んでいました。
ちょっとやくざな不良入院患者に、「おれもそうやった。しかし、告白する前に相手が死んでしもうた。想いは必ず伝えなあかん。」という言葉に励まされて、言う決心をする。しかーし、よくある話で、彼の病状は進んで行って、そして…。
いい映画ですよ。病院を抜け出して、二人で札幌まで映画を見に行くところなんかは、本歌取りですね。そして、例の映画同様、女の子がかわいいんだよなあ。男の子もかわいいんだけど、やはり私としては、女の子のほうがかわいい。その二人が見に行った映画「ラスト・コンサート」、この最後にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第2楽章かなあ、流れていた。すばらしいシーンだった。あの映画もレンタルで見てみる気になりました。

さて、写真のほうは、そういったマイナーな映画をやる福山の「シネマモード」の入り口です。でも、来年は、今までの業績が評価されて、もっといい場所へ移転して、スクリーンが二つになります。

そして、食べ物屋さんのほうは、そのシネマモードのすぐ近所の和食屋「和(なごみ)」です。ずっと以前に映画を見た後、ふと入ったお店です。そのとき、私が出てきた赤魚の煮付けがおいしくて、もうそれはたいへんきれいに食べたのです。そのほかのものもどれもおいしくて、きれいさっぱりと骨以外は何も残さずに食べました。私が帰ったあと、お店の人たちの間で、私の食べ方はそれはそれは評判になったらしいのです。「あんなにきれいに食べる人をはじめて見た。」「あんだけきれいに食べてもらえたら、作った私らもうれしいねえ。」これは、私が2回目にそこへ行ったときに、教えてもらった話です。それ以来、仲良くなりひいきしています。映画を見るときは、いつもここです。

夜は、お酒を出して頑張って儲けているようですね。大将の腕前がいいのでしょう。おかみさんは優しい人です。写真を撮らせてもらおうとしましたけど、恥ずかしいと断られました。残念。中学生の娘がいて、ときどきカウンタの中で、手伝っています。女の人がもう一人働いているだけの、こじんまりとしたお店ですが、私たちと同様にファンがいて、お昼どきはけっこういっぱいになります。

これが、日替わりの「なごみ花かご」です。揚げ立ての天ぷらがついて、840円です。とにかく、すべておいしく食べられるのがうれしい。飾りだけの付けたしだけの品はありません。

窓ガラスにクリスマスの飾りつけがしてありました。雨模様の日でした。

ではまたです。
相変わらず仕事です。でも、なぜか昨日はすごいアクセス数ですね。
これは放ってはおけないので、今日は何とか入れます。
映画は、「殯(もがり)の森」から、二つ見ましたよ。
一つは、イタリア映画「題名のない子守り唄」です。今年のイタリアのアカデミー賞を総なめした作品。監督は、「ニュー・シネマパラダイス」「海の上のピアニスト」「マレーナ」のジュゼッペ・トルナトーレ、音楽は「荒野の用心棒」「死刑台のメロディー」などのエンニオ・モリコーネです。トルナトーレとモリコーネのコンビの映画ですから、見逃せませんでした。
とても悲しい女の話です。とても強い母性を持った女の話です。サスペンス仕立てで、はじめは何の話かよく分かりません。売春宿の話かと思うとそれは違うのです。自分の過去をめちゃくちゃにした男に対する復讐劇だろうとずっと思わせます。しかし、違うのです。

しかし、モリコーネの音楽はいいなあ。美しく悲しく、かつ慈愛の響きが優しく奏でられて…。どうしてイタリア映画って、こう心にしみるのでしょう。「人生」を写してくれますね。映画は写真というのが、よく分かります。
自分のことではないのに、自分のこと以上によく分かる映画です。
とてもはらはらして、つらい思いのする映画ですが、最後の1分くらいで、あーーと涙腺が一気に緩んで、うわーんとなる映画ですよ。
自分がほんの少しでも映画ファンだと思う人はぜひ見られたらいいでしょうね。
年が明けたら、イタリア映画を少し探りたくなります。
私が一本だけ映画を選べと言われたら、とても苦労しますが、やはり、イタリア映画の「鉄道員」でしょうね。
もう一つは、ふと気になった映画「Little DJ 小さな恋の物語」です。最近の日本映画ですが、むかしのイギリス映画「小さな恋の物語」を思い出すでしょう?トレーシー・ハイドが可愛かった。ビージーズの歌が懐かしい。
中1の男の子と中2の女の子の小さな恋の物語です。キャンディーズの「年上の男の子」が流れる、その頃の話。白血病にかかった男の子が、病院内でお昼のDJを始めます。そういった開けた病院でした。そのDJで患者が楽しくなったり励まされていきます。中には、へそを曲げる人も出てきますが、最後には少年の良き理解者になります。そして中には、DJを通して知り合った人が亡くなったりします。

恋の話よりか、病院内の人間模様のほうがよく出来ていました。
交通事故に会って、入院してきた「ミイラ人間」の女の子に恋をしてしまって、DJなのに、告白する勇気がなくて、ずっと悩んでいました。
ちょっとやくざな不良入院患者に、「おれもそうやった。しかし、告白する前に相手が死んでしもうた。想いは必ず伝えなあかん。」という言葉に励まされて、言う決心をする。しかーし、よくある話で、彼の病状は進んで行って、そして…。
いい映画ですよ。病院を抜け出して、二人で札幌まで映画を見に行くところなんかは、本歌取りですね。そして、例の映画同様、女の子がかわいいんだよなあ。男の子もかわいいんだけど、やはり私としては、女の子のほうがかわいい。その二人が見に行った映画「ラスト・コンサート」、この最後にチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の第2楽章かなあ、流れていた。すばらしいシーンだった。あの映画もレンタルで見てみる気になりました。

さて、写真のほうは、そういったマイナーな映画をやる福山の「シネマモード」の入り口です。でも、来年は、今までの業績が評価されて、もっといい場所へ移転して、スクリーンが二つになります。

そして、食べ物屋さんのほうは、そのシネマモードのすぐ近所の和食屋「和(なごみ)」です。ずっと以前に映画を見た後、ふと入ったお店です。そのとき、私が出てきた赤魚の煮付けがおいしくて、もうそれはたいへんきれいに食べたのです。そのほかのものもどれもおいしくて、きれいさっぱりと骨以外は何も残さずに食べました。私が帰ったあと、お店の人たちの間で、私の食べ方はそれはそれは評判になったらしいのです。「あんなにきれいに食べる人をはじめて見た。」「あんだけきれいに食べてもらえたら、作った私らもうれしいねえ。」これは、私が2回目にそこへ行ったときに、教えてもらった話です。それ以来、仲良くなりひいきしています。映画を見るときは、いつもここです。

夜は、お酒を出して頑張って儲けているようですね。大将の腕前がいいのでしょう。おかみさんは優しい人です。写真を撮らせてもらおうとしましたけど、恥ずかしいと断られました。残念。中学生の娘がいて、ときどきカウンタの中で、手伝っています。女の人がもう一人働いているだけの、こじんまりとしたお店ですが、私たちと同様にファンがいて、お昼どきはけっこういっぱいになります。

これが、日替わりの「なごみ花かご」です。揚げ立ての天ぷらがついて、840円です。とにかく、すべておいしく食べられるのがうれしい。飾りだけの付けたしだけの品はありません。

窓ガラスにクリスマスの飾りつけがしてありました。雨模様の日でした。

ではまたです。
2007年12月26日 Posted by Poppo at 22:47 │Comments(3)
はと/食べ物②
みなさん、こんばんは。
何とか更新しました。食べることの更新ならいける!
ここは、かつての福山港の跡、国道2号線沿いの商業施設「ポートプラザ」です。
向かって左側は百貨店の「天満屋」で、右側はスーパーの「イトーヨーカ堂」が入っています。
その中間あたりがプラザで両脇にレストランが並んでいます。よくあるパターンですね。
今日は、そこにある「ジャカッセ」というパスタのお店に行きました。
私の知っている範囲では、パスタはいちばんおいしいと思います。
本当にいちばんおいしいお店は、塾のすぐそばにあった「パエザーナ」というお店でした。
いつも時間には、強烈なにんにくとオリーブオイルのにおいがあたり一面に立ち込めてきていました。
そのお店のすぐ上の階にも、塾の教室があったものですから、夕方はそのにおいで生徒はたいへんお腹を空かしたものでした。
ところが、イタリアで修行してイタリア人の女房を連れて帰ったマスターは、ふるさとの秋田に帰って、そこでお店を開くことになったものですから、今は別のお店(フレンチ)になっています。
そのマスターは、20年くらい前に塾のそばにお店を持って、そのころはたいへんスマートな人でしたが、お店が繁盛するに比例して、だんだん太ってきて、引越しする頃には立派なメタボになっていました。何でも、お店の残り物ばかり食べていたからだといううわさです。そこのパスタは、それはもうヘビーでした。フォークとスプーンに雪だるまのようにチーズがまとわりついていたものです。いつも本物のムール貝が入っていたので、私は大好きでした。ただ、マスターのあの太り様から、健康を損ねてふるさとに帰るんだという別のうわさも入ってきました。
今は、「ビストロ・ガリュー」という名前のお店です。ここのこともそのうち載せましょう。
さあ、話はもとに戻って「ジャカッセ」です。
このお店は、福山では知るひとぞ知る「藤本興行」のやっているお店です。藤本興行は、映画屋さんです。
いっとき危なかったですが、今では市内の3ヶ所、7スクリーンと、郊外のいわゆるシネコンで8スクリーンを展開していて、さらにサウナとか居酒屋、カラオケ、パーキング、パスタなどの娯楽関係を広く経営しています。
映画屋さんのやっているお店ですので、ついつい映画ファンとしては入ってあげたくなります。
はじめは大したことはありませんでしたが、お客が増えるにしたがってだんだんおいしくなっていって、今ではお昼時は行列が出来ます。
本日も少し待ちました。そして、選んだメニューは、X’masの何タラかんタラでした。二人で2400円だったので、それに決めました。前菜に肉料理にパスタにデザートにドリンクバー付きです。福山のいいところは、食べ物屋さんが多い。そしてそれゆえに安い。過当競争というよりは、福山の人は外食が好きなのです、きっと。どんなお店でもたいていお客は入っていて、何とかなっていますから。
この商業施設は、福山文化芸術ホール「リーデンローズ」と隣り合っていますから、わらび座が来たときなどは、トミちゃんや加藤さんと2回くらい、このジャカッセに食べに来ました。とりあえず、お客さんを連れていっても遜色のないお店です。
ただねー、最近、味が柔らかい、まろやかになりすぎなんですよねー。これはジャカッセに限らず、多くのお店がそうです。パンチが効いていない。がつーん、うわっ、何、これ?というような味がなくなっています。お客さんの好みがそのように変化しているから、仕方がないのでしょうね。
日本人、福山人はリッチになった?いや不景気でおとなしくなった?子供が平気で大人の食べ物を食べるようになったし、本来は大人の料理が子供向けの味付けになってしまった気がします。
本格的なレストランやちょっとした料亭にも子供がたくさんいます!親が連れていくんだものね、しかたないですね。ただ、その親の中にお父さんはめったにいません。お父さんは、働いているかお酒のあるところに行くのでしょうね。
ということで、一流どころの味の店が、女性と子供の好みの味付けにせざるを得なくなり、色鮮やかで甘い料理になってしまったのでしょう。思えば、塾のそばの「パエザーナ」の超個性的な味からも、だんだんと女性客が離れていったのかもしれません。
みなさんの街はどうですか?たとえば「激辛なんちゃら」のお店の数や看板が減っていませんか?韓国料理のたいへんおいしいお店もありますが、匂いはしません。焼肉屋さんがとっても上品になっています。
うーん、これは日本ですね。いや、これが日本なのでしょう。
イタリアへ行ったとき食べたパスタの単純、ダイナミックかついい加減な味付けが懐かしい。あれってやっぱり美味かったなあ。おいしくはなかったけど、美味かった、と言ったらいいのかなあ。
タクアンのスペインの食材の写真を見ていると、タクアンの言う「食材の力」をたしかに感じますよね。むこうでは、エネルギッシュな料理がずっと続いているような気がします。伝統を守るというか、何も考えていないというか、同じものを飽きずにがんがん作って、がつがつ食べているのでしょうね、きっと。
みなさん、最近「野菜炒め」って作っていますか?あれは、中華料理っぽい日本の庶民の料理でしょうね。しかし、「野菜炒め」というと、もうはるか昔、学生時代に帰ってしまいます。愛大のそば、ロープウェー通りだったっけ、「千成」というお店で、よく作って食べていたなあ。あれは、けっこう力のある食べ物でした。しかし、今では大衆食堂、大衆中華でも影の薄い存在ではないですか?
ここは、ぜひ各人、自分の家庭で、「野菜炒め」を復活させて、そうして、もう一度、あのような豪傑的な食べ物を威勢良く食べる自分自身をも取り戻してください。
何か食べ物の話をすると、どんどんどんどん長くなり、いくらでも書けそうですが、明日の仕事があるので、これくらいにします。写真をずらずらと並べておきますね。
①ポートプラザの西側。最近、私の住んでいる場所にわりと近いところに大きなモールができましたが、それまでは、ここがいちばん大きなモールでした。

②前菜。トマトとチーズ。ドレッシングがおとなしくて上品。でもおいしいので、それだけをぺろぺろしてしまいました。

③肉料理はチキンですが、柔らかい!くせがない。これは、きっと唐揚げ君は怒るだろうなあ、こんなものは俺の仲間ではない、鶏肉ではないって!

④大量にあるのは、もちろん二人分だからですが、だいたいジャカッセのパスタは量が多いです。これがそのまま胃袋の中で泳ぐようになるかと思うと、ちょっと食欲がなくなる。

⑤お店のお姉さんが出すのを忘れていて、お店を出たあと、気が付いてあわてて食べに戻りました。シフォンケーキです。やはり柔らかいことこのうえない。ケーキがおいしい。今日のセットはデザートが少なめですが、別に頼むとお皿に山ほど出てきます。女性客がお得意さんなのですねー。ま、僕はデザートが大好きですから、構いませんが。

⑥これが入り口。ふつうなんですが、よく流行っています。残念なことには、顔なじみのスタッフがいないことです。入れ替わりが多いようです。

★★★追伸★★★
年賀状データをお送りしまして、メールで「反響」がたくさんありました。みなさん、今年の年賀状はいつもの年よりも多いこと期待できますよ。楽しみですね。その楽しみはみんなで作るものですから、とにかく「書いて出す」そうしないと何も始まりません。まだまだ間に合いますから、書いて出しましょうね。私もまだ書いていませんが、はがきは買いこんでいます。
●●ターコの今の姓は、「吉井」です。よろしくお願いします。
何とか更新しました。食べることの更新ならいける!
ここは、かつての福山港の跡、国道2号線沿いの商業施設「ポートプラザ」です。
向かって左側は百貨店の「天満屋」で、右側はスーパーの「イトーヨーカ堂」が入っています。
その中間あたりがプラザで両脇にレストランが並んでいます。よくあるパターンですね。
今日は、そこにある「ジャカッセ」というパスタのお店に行きました。
私の知っている範囲では、パスタはいちばんおいしいと思います。
本当にいちばんおいしいお店は、塾のすぐそばにあった「パエザーナ」というお店でした。
いつも時間には、強烈なにんにくとオリーブオイルのにおいがあたり一面に立ち込めてきていました。
そのお店のすぐ上の階にも、塾の教室があったものですから、夕方はそのにおいで生徒はたいへんお腹を空かしたものでした。
ところが、イタリアで修行してイタリア人の女房を連れて帰ったマスターは、ふるさとの秋田に帰って、そこでお店を開くことになったものですから、今は別のお店(フレンチ)になっています。
そのマスターは、20年くらい前に塾のそばにお店を持って、そのころはたいへんスマートな人でしたが、お店が繁盛するに比例して、だんだん太ってきて、引越しする頃には立派なメタボになっていました。何でも、お店の残り物ばかり食べていたからだといううわさです。そこのパスタは、それはもうヘビーでした。フォークとスプーンに雪だるまのようにチーズがまとわりついていたものです。いつも本物のムール貝が入っていたので、私は大好きでした。ただ、マスターのあの太り様から、健康を損ねてふるさとに帰るんだという別のうわさも入ってきました。
今は、「ビストロ・ガリュー」という名前のお店です。ここのこともそのうち載せましょう。
さあ、話はもとに戻って「ジャカッセ」です。
このお店は、福山では知るひとぞ知る「藤本興行」のやっているお店です。藤本興行は、映画屋さんです。
いっとき危なかったですが、今では市内の3ヶ所、7スクリーンと、郊外のいわゆるシネコンで8スクリーンを展開していて、さらにサウナとか居酒屋、カラオケ、パーキング、パスタなどの娯楽関係を広く経営しています。
映画屋さんのやっているお店ですので、ついつい映画ファンとしては入ってあげたくなります。
はじめは大したことはありませんでしたが、お客が増えるにしたがってだんだんおいしくなっていって、今ではお昼時は行列が出来ます。
本日も少し待ちました。そして、選んだメニューは、X’masの何タラかんタラでした。二人で2400円だったので、それに決めました。前菜に肉料理にパスタにデザートにドリンクバー付きです。福山のいいところは、食べ物屋さんが多い。そしてそれゆえに安い。過当競争というよりは、福山の人は外食が好きなのです、きっと。どんなお店でもたいていお客は入っていて、何とかなっていますから。
この商業施設は、福山文化芸術ホール「リーデンローズ」と隣り合っていますから、わらび座が来たときなどは、トミちゃんや加藤さんと2回くらい、このジャカッセに食べに来ました。とりあえず、お客さんを連れていっても遜色のないお店です。
ただねー、最近、味が柔らかい、まろやかになりすぎなんですよねー。これはジャカッセに限らず、多くのお店がそうです。パンチが効いていない。がつーん、うわっ、何、これ?というような味がなくなっています。お客さんの好みがそのように変化しているから、仕方がないのでしょうね。
日本人、福山人はリッチになった?いや不景気でおとなしくなった?子供が平気で大人の食べ物を食べるようになったし、本来は大人の料理が子供向けの味付けになってしまった気がします。
本格的なレストランやちょっとした料亭にも子供がたくさんいます!親が連れていくんだものね、しかたないですね。ただ、その親の中にお父さんはめったにいません。お父さんは、働いているかお酒のあるところに行くのでしょうね。
ということで、一流どころの味の店が、女性と子供の好みの味付けにせざるを得なくなり、色鮮やかで甘い料理になってしまったのでしょう。思えば、塾のそばの「パエザーナ」の超個性的な味からも、だんだんと女性客が離れていったのかもしれません。
みなさんの街はどうですか?たとえば「激辛なんちゃら」のお店の数や看板が減っていませんか?韓国料理のたいへんおいしいお店もありますが、匂いはしません。焼肉屋さんがとっても上品になっています。
うーん、これは日本ですね。いや、これが日本なのでしょう。
イタリアへ行ったとき食べたパスタの単純、ダイナミックかついい加減な味付けが懐かしい。あれってやっぱり美味かったなあ。おいしくはなかったけど、美味かった、と言ったらいいのかなあ。
タクアンのスペインの食材の写真を見ていると、タクアンの言う「食材の力」をたしかに感じますよね。むこうでは、エネルギッシュな料理がずっと続いているような気がします。伝統を守るというか、何も考えていないというか、同じものを飽きずにがんがん作って、がつがつ食べているのでしょうね、きっと。
みなさん、最近「野菜炒め」って作っていますか?あれは、中華料理っぽい日本の庶民の料理でしょうね。しかし、「野菜炒め」というと、もうはるか昔、学生時代に帰ってしまいます。愛大のそば、ロープウェー通りだったっけ、「千成」というお店で、よく作って食べていたなあ。あれは、けっこう力のある食べ物でした。しかし、今では大衆食堂、大衆中華でも影の薄い存在ではないですか?
ここは、ぜひ各人、自分の家庭で、「野菜炒め」を復活させて、そうして、もう一度、あのような豪傑的な食べ物を威勢良く食べる自分自身をも取り戻してください。
何か食べ物の話をすると、どんどんどんどん長くなり、いくらでも書けそうですが、明日の仕事があるので、これくらいにします。写真をずらずらと並べておきますね。
①ポートプラザの西側。最近、私の住んでいる場所にわりと近いところに大きなモールができましたが、それまでは、ここがいちばん大きなモールでした。

②前菜。トマトとチーズ。ドレッシングがおとなしくて上品。でもおいしいので、それだけをぺろぺろしてしまいました。

③肉料理はチキンですが、柔らかい!くせがない。これは、きっと唐揚げ君は怒るだろうなあ、こんなものは俺の仲間ではない、鶏肉ではないって!

④大量にあるのは、もちろん二人分だからですが、だいたいジャカッセのパスタは量が多いです。これがそのまま胃袋の中で泳ぐようになるかと思うと、ちょっと食欲がなくなる。

⑤お店のお姉さんが出すのを忘れていて、お店を出たあと、気が付いてあわてて食べに戻りました。シフォンケーキです。やはり柔らかいことこのうえない。ケーキがおいしい。今日のセットはデザートが少なめですが、別に頼むとお皿に山ほど出てきます。女性客がお得意さんなのですねー。ま、僕はデザートが大好きですから、構いませんが。

⑥これが入り口。ふつうなんですが、よく流行っています。残念なことには、顔なじみのスタッフがいないことです。入れ替わりが多いようです。

★★★追伸★★★
年賀状データをお送りしまして、メールで「反響」がたくさんありました。みなさん、今年の年賀状はいつもの年よりも多いこと期待できますよ。楽しみですね。その楽しみはみんなで作るものですから、とにかく「書いて出す」そうしないと何も始まりません。まだまだ間に合いますから、書いて出しましょうね。私もまだ書いていませんが、はがきは買いこんでいます。
●●ターコの今の姓は、「吉井」です。よろしくお願いします。
2007年12月21日 Posted by Poppo at 02:46 │Comments(3)
はと/多忙ですね。
みなさん、こんばんは。更新できなくてごめんね。先週は一日に240件を越えるアクセスがあって驚きましたが、なかなか途中はできなくなりました。
みなさんは、お元気ですか?私はもちろん元気ですが、忙しいのです。
冬期講習会を間近に控え、準備がなかなかできません。あせるあせる。
今日も自主トレ…じゃなく自主出勤してきました。あせるなあ。
しかーし、ただでは転ばない。というか、今日しかチャンスがないので、夕方から映画に行ってきました。
その映画とは、カンヌ映画祭グランプリの「殯(もがり)の森」です。
が、悲しいかな、文化果つる街である福山では、今週しか上映しないのです。
今日も場末の映画館にかかったのですが、数名、ただし映画オタクっぽいそうそうたる雰囲気の方々でしたが、それくらいしか入りません。
さて、その映画はというと、奈良県の軽い痴呆症の老人コミュニティの一人の男やもめの老人と若い女性介護師の話です。
33年前に妻を亡くして、ずっとその面影を心に秘めて密やかに暮らして来た男が、新しく来た女性介護師を見て、妻を思い出し墓参りに行く。その女性介護師は不注意で自分の子供を無くして夫と離別していて、自分に閉じこもっていた。この二人がはじめは、くいちがいでぎくしゃくしていたが、あることをきっかけに気持ちが通じ合えるようになる。
そこで、男の妻の墓参りに行くことになるのだが、奈良の山奥のそのまた山奥にある。道に迷ってすってん転げたり沢に落ちて泥だらけになり、おまけに大雨にあって、結局山中で一晩過ごす。要するに遭難したのである。たき火をして暖をとるとき、男の冷えた体を介護師は裸になり肌と肌をすりつけて温める(ま、このシーンはなくてもかまわないと思ったが…。どっちみち何も起きないので…)。
翌朝、やっと山中、森の中に1本の木の棒が突っ立っただけの妻の墓にたどり着く。男は、介護師があっけに取られる中、墓のまわりの泥を掘り始める。やがて、介護師も男の意図に気づき、いっしょに土を除ける。残念でした、墓を暴くのではありません。やがて、人の体が入るくらいの穴ができると、男は体を曲げて中に入り、土に顔を擦りつけます。ああ、いい気持ちだ、と男は言います。これくらいにしておきますね。気になる人は見てください。
ま、カンヌですからね、くせのある映画しか選ばれませんから、それは相当なものです。日本の普通の山の中が豊富に出てきます。ただ、緑ばっかりの映像です。そもそも茶畑が出てきますから。水田も出てきますね。
33年経ったら(33回忌)、死んだものは本当の仏になって、もうこの世に現れることはないらしいですよ。それで、彼は最後に妻に会うために、無理やり山奥の墓まで行ったのでしょう。なぜ、妻の墓がそんな山奥に一つだけあるのかは分かりませんけどね。そして、墓の土に顔を突っ込んで、妻と対面したのです。
写真を3枚載せておきます。こういう映画もぜひ見てください。静かな静かな映画です。本当に静かでいいなあ。説明も何もない。ただ見ているだけ。ときどき何をやっているのか分からないことがありますが、ちゃんと見ているとすべてがしっかりと分かってきます。映画通好みのつくりです。
お、痴呆のじいさん、元気になったぞー。


墓の前です。オルゴールのゆっくりとした音色が空に聞こえ、妻の魂も空へ昇っていったような…。

ところで、大事な話ですが、もちろん「新年会」のことです。1月19日は、甚屋は何とかなったのですが、カコ・ヒロと同期の、そう肝心のブンちゃんとヨッチンさんが無理ということで、26日に切り替えようと思っていましたら、今度は甚屋が満員でだめになりました。だいたいが、新年会にかこつけて、懐かしい面々と集まりたかったのですから、まあ、今回は新年会はお流れにしましょう。
また、暖かくなった頃にぜひ来て下さい、みなさんに会いたいです、とのカコ姉さんの言葉です。声は昔のままですね。ヒロの声は、少し野太くなって、おっさんというか生活の年輪を感じさせるというか、年相応の声になっていました。しきりに懐かしがっていました。甚屋はね、ISDNなんです。ADSLもね、中継局が遠くて速度が出そうにないんだって。それでね、光が来るのを待っているのだけど、知多半島の先端だよー、いつのことになるやら。
知多半島って春は暖かそうですね。太平洋からの南風がいち早く吹いてきそう。きっと花が咲き誇る春、初夏がいいなあ。突堤で釣りもできるそうです。
今日、これから年賀状データをまとめて配信します。その中にも書きますが、チョビンさんとピピ君が喪中につき年賀の挨拶は遠慮します、ということです。年賀状でなければ出していいので、お便りをしてあげてください。おいらはその手で行きます。
オトミは、2億円の女子寮ではなく、坊っちゃん劇場宛にして欲しいそうです。お正月の劇場イベントのため、こちらにいますよ。私は、おそらく正月のイベントに行くと思います。ちなみに、行くならもちろん元旦にです!
みなさんは、お元気ですか?私はもちろん元気ですが、忙しいのです。
冬期講習会を間近に控え、準備がなかなかできません。あせるあせる。
今日も自主トレ…じゃなく自主出勤してきました。あせるなあ。
しかーし、ただでは転ばない。というか、今日しかチャンスがないので、夕方から映画に行ってきました。
その映画とは、カンヌ映画祭グランプリの「殯(もがり)の森」です。
が、悲しいかな、文化果つる街である福山では、今週しか上映しないのです。
今日も場末の映画館にかかったのですが、数名、ただし映画オタクっぽいそうそうたる雰囲気の方々でしたが、それくらいしか入りません。
さて、その映画はというと、奈良県の軽い痴呆症の老人コミュニティの一人の男やもめの老人と若い女性介護師の話です。
33年前に妻を亡くして、ずっとその面影を心に秘めて密やかに暮らして来た男が、新しく来た女性介護師を見て、妻を思い出し墓参りに行く。その女性介護師は不注意で自分の子供を無くして夫と離別していて、自分に閉じこもっていた。この二人がはじめは、くいちがいでぎくしゃくしていたが、あることをきっかけに気持ちが通じ合えるようになる。
そこで、男の妻の墓参りに行くことになるのだが、奈良の山奥のそのまた山奥にある。道に迷ってすってん転げたり沢に落ちて泥だらけになり、おまけに大雨にあって、結局山中で一晩過ごす。要するに遭難したのである。たき火をして暖をとるとき、男の冷えた体を介護師は裸になり肌と肌をすりつけて温める(ま、このシーンはなくてもかまわないと思ったが…。どっちみち何も起きないので…)。
翌朝、やっと山中、森の中に1本の木の棒が突っ立っただけの妻の墓にたどり着く。男は、介護師があっけに取られる中、墓のまわりの泥を掘り始める。やがて、介護師も男の意図に気づき、いっしょに土を除ける。残念でした、墓を暴くのではありません。やがて、人の体が入るくらいの穴ができると、男は体を曲げて中に入り、土に顔を擦りつけます。ああ、いい気持ちだ、と男は言います。これくらいにしておきますね。気になる人は見てください。
ま、カンヌですからね、くせのある映画しか選ばれませんから、それは相当なものです。日本の普通の山の中が豊富に出てきます。ただ、緑ばっかりの映像です。そもそも茶畑が出てきますから。水田も出てきますね。
33年経ったら(33回忌)、死んだものは本当の仏になって、もうこの世に現れることはないらしいですよ。それで、彼は最後に妻に会うために、無理やり山奥の墓まで行ったのでしょう。なぜ、妻の墓がそんな山奥に一つだけあるのかは分かりませんけどね。そして、墓の土に顔を突っ込んで、妻と対面したのです。
写真を3枚載せておきます。こういう映画もぜひ見てください。静かな静かな映画です。本当に静かでいいなあ。説明も何もない。ただ見ているだけ。ときどき何をやっているのか分からないことがありますが、ちゃんと見ているとすべてがしっかりと分かってきます。映画通好みのつくりです。
お、痴呆のじいさん、元気になったぞー。


墓の前です。オルゴールのゆっくりとした音色が空に聞こえ、妻の魂も空へ昇っていったような…。

ところで、大事な話ですが、もちろん「新年会」のことです。1月19日は、甚屋は何とかなったのですが、カコ・ヒロと同期の、そう肝心のブンちゃんとヨッチンさんが無理ということで、26日に切り替えようと思っていましたら、今度は甚屋が満員でだめになりました。だいたいが、新年会にかこつけて、懐かしい面々と集まりたかったのですから、まあ、今回は新年会はお流れにしましょう。
また、暖かくなった頃にぜひ来て下さい、みなさんに会いたいです、とのカコ姉さんの言葉です。声は昔のままですね。ヒロの声は、少し野太くなって、おっさんというか生活の年輪を感じさせるというか、年相応の声になっていました。しきりに懐かしがっていました。甚屋はね、ISDNなんです。ADSLもね、中継局が遠くて速度が出そうにないんだって。それでね、光が来るのを待っているのだけど、知多半島の先端だよー、いつのことになるやら。
知多半島って春は暖かそうですね。太平洋からの南風がいち早く吹いてきそう。きっと花が咲き誇る春、初夏がいいなあ。突堤で釣りもできるそうです。
今日、これから年賀状データをまとめて配信します。その中にも書きますが、チョビンさんとピピ君が喪中につき年賀の挨拶は遠慮します、ということです。年賀状でなければ出していいので、お便りをしてあげてください。おいらはその手で行きます。
オトミは、2億円の女子寮ではなく、坊っちゃん劇場宛にして欲しいそうです。お正月の劇場イベントのため、こちらにいますよ。私は、おそらく正月のイベントに行くと思います。ちなみに、行くならもちろん元旦にです!
2007年12月16日 Posted by Poppo at 23:47 │Comments(0)
はと/食べ物屋①
みなさん、こんにちは。
今日は雨がしょぼしょぼと降っています。雨でなかったら、ふるさとの古家のあるところまで入って、ユズをもいで、ついでにスタッドレスタイヤを持って帰ろうと思っていましたが、この雨なので、家でごそごそしています。
午後から会議があるので、それまでは家でブログの更新をすることにしました。
ブログネタのために、行きつけのレストラン集でも組むかー、ということで、今日は、その第1弾です。
①まずは、市の中心部からすこしはずれた高台に上ります。入り口はこの一箇所だけです。民家と民家のすき間に突如現れる狭い道。初めての人には絶対に分かりません。したがって、国道からずっと道案内の看板が設置してあるのですが、ここに至って???となります。しかし、めげずに信じて突き進むのがコツです。クラウンクラスの車は少し用心して進まないと擦るかもねー。ちょっと先のT字のところを左に曲がって、さらに上ります。まっすぐ進むのは、帰り専用の道です。でないと交わせません。

②ここが、そのT字をまがったところ。写真ではしっかりと写っていませんが、ぐわーと登らなければなりません。初めての人は、「おおーおおー」とか「すげえや(笑)」とか言います。急坂なので、軽4はカーブを下手に曲がると底を擦ります。スキー場のスロープのターンの感じ。

③上りつくと、こんなところで、こんな建物があります。この駐車場も相当に傾いています。雨水が溜まることは絶対にありません。車から下りるときに気をつけないと、うちのおやじみたいに、外に転げ落ちてしまいます。また乗ったときも気をつけないと、重いドアだったら、うちのおふくろみたいに閉められません。
しかし、こんな高台の変な場所までやって来るお客がいるということは感心します。よほど好きになってもらえないと来ないよな、と思いますね。

④お店の名前は「ニュートーン・モア(Newtone More)」
1987年に開業のフランス料理店です。その頃は、私たちの子供達も7歳と4歳でしたから、よく外を連れ歩いていました。ファミレスが流行りだした頃ですので、日曜日ごとに山野へ遊びに行き、帰りは決まってどこかのファミレスに立ち寄っていました。安い、きれい、メニューが豊富、お子様のオマケ付きで楽しかったなあ。
当時は、逆にいわゆるレストラン、ホテルのレストランは高級で高かったです。会社のお金でたまに利用するくらいでした。現在は、ホテルのレストランといえども、マックや吉野屋との競争に勝たなければ成り立ちません。ずいぶんと入りやすくなりました。
しかし、話は「当時」です。夜、国道から見ると、高台の上に明々とイルミネーションがともり、何だかゴージャスな感じの建物が見えるのです。何だろうかと調べてみたら、新しくできた洋風料理店。とっても気になるので、ある日、意を決して行ってみました。それが①②③のとおりでした。がー、しかし、なんと、その日は休みでしたー。
もう建物も古くなって、往時のきらびやかさはありませんが、逆に懐かしさがあふれています。

⑤高台にありますから、窓から四季折々の風景がよく見えます。駐車場の周りには、梅、桜、びわ、栗、その他いっぱい植えられています。今は、すぐ下に山陽自動車道の福山東インターチェンジがありますが、当時はそんなものはなかったので、もっともっとよい景色でした。海まで見えていました。
今日は、1000円のランチコース。サトイモとラディッシュの前菜・カブのスープ・ライス・メイン2皿(太刀魚の何とか・チキンの何とか)・デザート・コーヒーです。一般に、福山は食べ物屋さんは数が多く種々さまざまで、おかげさまでよそよりは安いと思います。

⑥このお店には、開業以来、ずっと付き合っています。何かあると、「今日はリッチにー、ニュートーン・モアー」でした。なんせ、当時は他にはフレンチ・レストランがなかったものですから。いろいろと名物があります。オーナーの白井さんは、カラオケの名手。部屋は2つあり、通常のレストランと宴会用。宴会用のほうは、ステージ、カラオケ設備があり、結婚式の披露宴もできます。息子の披露宴は、ここでしました。塾の高3の卒業パーティーを行ったこともあります。
子供さんは二人の娘さんで、実はどちらも「ミス福山」に選ばれました!お姉さんは結婚して東京に移られ、双子を含めて3人の子供がいます。妹さんのあっちゃんは、まだ修行中で、ずっと厨房に入っておられます。今日は、忙しくて出て来られませんでしたが、よく話をします。趣味は釣り!石鎚にも登られます。ひまなときは駐車場のすみに植えてある桜の木を眺めて過ごす…。
それから、食材は「裏の畑」から持ってくるものもあり、栗の実も使います。ところが、その栗の実は一つのいがの中に7つもの実が入っているものがあり、「七実栗」と名づけて、レストランの宝とされてきました。秋には、「七実栗」メニューが並びます。
そして、NHKBSのマスコットキャラクタの「ななみちゃん」(ごめん、おいらは見たことはありません)の名付け親が、ここの家族なのです。その人形は、レストランにたくさん置いてあります。身長は77.7cm、体重は77.7gらしいです!漢字では、「七海ちゃん」と書いて、世界中の人々が平和で幸せに暮らせるようにという願いを込められたそうです。
春には、玄関や周囲に色とりどりの草花がいっぱい咲きます。夏には、たくさんの樹木の葉が緑濃く映えます。秋には、栗やら柿やらなにやら実ります。晩秋には、表側に干し柿がつるされます。
ネコが居着いているはずですが、今日は現れませんでした。いろいろとあって飽きの来ないレストランです。お客を大事にしてくれますね。

⑦こちらがオーナーの白井さん。厨房には奥さんとあっちゃんと若い男性の料理人、ホール係の男性が一人おられます。白井さんは、広島の西部の田舎から出てこられました。メニューに野菜や果物が多いのはそのせいでしょうか。
あっちゃんはきれいで優しくて、私は大好きなのですが、きょうは顔を見せません。またいつか写真を撮って紹介することにしましょう。

このお店がいちばんに載るということは、私たちのいちばんのお気に入りということになりますね。とにかく付き合いが長い!福山でいっしょに過ごしてきたという感があります。現在は、福山には競争相手が増えています。私たちもここばかりに来るわけではありません。でも、大好きです。ずっと続いて欲しいと思っています。私たちが福山にいる間、そして生きている間…。
今日は雨がしょぼしょぼと降っています。雨でなかったら、ふるさとの古家のあるところまで入って、ユズをもいで、ついでにスタッドレスタイヤを持って帰ろうと思っていましたが、この雨なので、家でごそごそしています。
午後から会議があるので、それまでは家でブログの更新をすることにしました。
ブログネタのために、行きつけのレストラン集でも組むかー、ということで、今日は、その第1弾です。
①まずは、市の中心部からすこしはずれた高台に上ります。入り口はこの一箇所だけです。民家と民家のすき間に突如現れる狭い道。初めての人には絶対に分かりません。したがって、国道からずっと道案内の看板が設置してあるのですが、ここに至って???となります。しかし、めげずに信じて突き進むのがコツです。クラウンクラスの車は少し用心して進まないと擦るかもねー。ちょっと先のT字のところを左に曲がって、さらに上ります。まっすぐ進むのは、帰り専用の道です。でないと交わせません。

②ここが、そのT字をまがったところ。写真ではしっかりと写っていませんが、ぐわーと登らなければなりません。初めての人は、「おおーおおー」とか「すげえや(笑)」とか言います。急坂なので、軽4はカーブを下手に曲がると底を擦ります。スキー場のスロープのターンの感じ。

③上りつくと、こんなところで、こんな建物があります。この駐車場も相当に傾いています。雨水が溜まることは絶対にありません。車から下りるときに気をつけないと、うちのおやじみたいに、外に転げ落ちてしまいます。また乗ったときも気をつけないと、重いドアだったら、うちのおふくろみたいに閉められません。
しかし、こんな高台の変な場所までやって来るお客がいるということは感心します。よほど好きになってもらえないと来ないよな、と思いますね。

④お店の名前は「ニュートーン・モア(Newtone More)」
1987年に開業のフランス料理店です。その頃は、私たちの子供達も7歳と4歳でしたから、よく外を連れ歩いていました。ファミレスが流行りだした頃ですので、日曜日ごとに山野へ遊びに行き、帰りは決まってどこかのファミレスに立ち寄っていました。安い、きれい、メニューが豊富、お子様のオマケ付きで楽しかったなあ。
当時は、逆にいわゆるレストラン、ホテルのレストランは高級で高かったです。会社のお金でたまに利用するくらいでした。現在は、ホテルのレストランといえども、マックや吉野屋との競争に勝たなければ成り立ちません。ずいぶんと入りやすくなりました。
しかし、話は「当時」です。夜、国道から見ると、高台の上に明々とイルミネーションがともり、何だかゴージャスな感じの建物が見えるのです。何だろうかと調べてみたら、新しくできた洋風料理店。とっても気になるので、ある日、意を決して行ってみました。それが①②③のとおりでした。がー、しかし、なんと、その日は休みでしたー。
もう建物も古くなって、往時のきらびやかさはありませんが、逆に懐かしさがあふれています。

⑤高台にありますから、窓から四季折々の風景がよく見えます。駐車場の周りには、梅、桜、びわ、栗、その他いっぱい植えられています。今は、すぐ下に山陽自動車道の福山東インターチェンジがありますが、当時はそんなものはなかったので、もっともっとよい景色でした。海まで見えていました。
今日は、1000円のランチコース。サトイモとラディッシュの前菜・カブのスープ・ライス・メイン2皿(太刀魚の何とか・チキンの何とか)・デザート・コーヒーです。一般に、福山は食べ物屋さんは数が多く種々さまざまで、おかげさまでよそよりは安いと思います。

⑥このお店には、開業以来、ずっと付き合っています。何かあると、「今日はリッチにー、ニュートーン・モアー」でした。なんせ、当時は他にはフレンチ・レストランがなかったものですから。いろいろと名物があります。オーナーの白井さんは、カラオケの名手。部屋は2つあり、通常のレストランと宴会用。宴会用のほうは、ステージ、カラオケ設備があり、結婚式の披露宴もできます。息子の披露宴は、ここでしました。塾の高3の卒業パーティーを行ったこともあります。
子供さんは二人の娘さんで、実はどちらも「ミス福山」に選ばれました!お姉さんは結婚して東京に移られ、双子を含めて3人の子供がいます。妹さんのあっちゃんは、まだ修行中で、ずっと厨房に入っておられます。今日は、忙しくて出て来られませんでしたが、よく話をします。趣味は釣り!石鎚にも登られます。ひまなときは駐車場のすみに植えてある桜の木を眺めて過ごす…。
それから、食材は「裏の畑」から持ってくるものもあり、栗の実も使います。ところが、その栗の実は一つのいがの中に7つもの実が入っているものがあり、「七実栗」と名づけて、レストランの宝とされてきました。秋には、「七実栗」メニューが並びます。
そして、NHKBSのマスコットキャラクタの「ななみちゃん」(ごめん、おいらは見たことはありません)の名付け親が、ここの家族なのです。その人形は、レストランにたくさん置いてあります。身長は77.7cm、体重は77.7gらしいです!漢字では、「七海ちゃん」と書いて、世界中の人々が平和で幸せに暮らせるようにという願いを込められたそうです。
春には、玄関や周囲に色とりどりの草花がいっぱい咲きます。夏には、たくさんの樹木の葉が緑濃く映えます。秋には、栗やら柿やらなにやら実ります。晩秋には、表側に干し柿がつるされます。
ネコが居着いているはずですが、今日は現れませんでした。いろいろとあって飽きの来ないレストランです。お客を大事にしてくれますね。

⑦こちらがオーナーの白井さん。厨房には奥さんとあっちゃんと若い男性の料理人、ホール係の男性が一人おられます。白井さんは、広島の西部の田舎から出てこられました。メニューに野菜や果物が多いのはそのせいでしょうか。
あっちゃんはきれいで優しくて、私は大好きなのですが、きょうは顔を見せません。またいつか写真を撮って紹介することにしましょう。

このお店がいちばんに載るということは、私たちのいちばんのお気に入りということになりますね。とにかく付き合いが長い!福山でいっしょに過ごしてきたという感があります。現在は、福山には競争相手が増えています。私たちもここばかりに来るわけではありません。でも、大好きです。ずっと続いて欲しいと思っています。私たちが福山にいる間、そして生きている間…。
2007年12月11日 Posted by Poppo at 12:34 │Comments(3)
はと/市民ミュージカル
みなさん、こんばんは。
わたくし、忙しい忙しいと言いながらも、遊ぶときは遊ぶ、で日曜日はせっせと出かけています。
9日は、朝の7時に家を出て、しまなみ海道を渡り、坊っちゃん劇場で「狸」を見ました。
見るたびに少しずつ変わっています。今日のものは、全体にシリアス感が増していて、私のセンスに合っていて良かったです。
コメディーなのですが、ストーリーは人間と狸との結ばれざる恋ゆえのロミ丸とジュリ絵の悲しき破局。とりわけロミ丸のジレンマに悩む姿は、まさにそのように忠実に表現されていました。狸ゆえにどうしてもチャカしながら話をするのですが、悩むときは非常に深刻な演技で迫っていました。
杏ちゃんのメリタンのロミ丸への悲痛な片思いの愛の歌も良かったなあ。あの歌は涙腺をゆるませるメロディーラインを持っています。歌う直前にメリタンに「アンズ!」と声かけをしたのも効いたみたいです。
ジュリ絵さんの有ちゃんの可愛い口から切ない歌が3度も流れてきますね。感情がいつか切れるのではないかと、はらはらしながら聞くので、よけいに切なく聞こえます。でも、最後には女の人は強いところを見せますよね。
それに引き換え、最近のオトミは笑いキャラになっています。大きく「愛」と認められた扇を持って「おーほほほほほ、おーほほほほほほ」「オーホホホホホ、オ-ホホホホホ」「何がおかしいの!?」
ラインダンスの足の上がりが来るたびに1cmずつ高くなっている気がします。
そしてそして、よく見るとなみいる狸たちの中では、お七狸はいちばんの美人狸ではないかと、最近思っているのですが…。

そして、わらび座の私の娘と思いたい杏と、ノボを演ずるまじめ努力人間の青ちゃんこと青木君です。宮本君の扮するノボは登場するやいなや(寅さんみたいに)笑われるのですが、青木君のときは拍手です。ちなみに、わらび座の私の息子と思いたいのは、葵です。

さて、公演のあとは、偶然に出会った、わらび座の営業の青木さんといっしょに食事をして、あれこれと身の上話をしたりしました。青木さんも三島の市民ミュージカルを見に行きます。三島でも「坊っちゃん」の公演があるので、お世話になっているそうです。まり子さんの同級生の芳子ちゃんともすでに会っていました。
三島の市民ミュージカルについては、カタリナ同窓会のブログに書きましたので、ここでは省略します。知りたい方はそちらを読んで下さい。
感想を一言でいうなら、要するに「市民ミュージカル」そのものでした。

家に帰ってから、またまたユズのママレードを作りました。柿のジャムがあまりにおいしくて、すぐになくなったからです。だってだって、ときどきぺろぺろと食べてたんだもの。それくらいおいしかったんだものー。


それでは、おいら、寝ますじゃ。
わたくし、忙しい忙しいと言いながらも、遊ぶときは遊ぶ、で日曜日はせっせと出かけています。
9日は、朝の7時に家を出て、しまなみ海道を渡り、坊っちゃん劇場で「狸」を見ました。
見るたびに少しずつ変わっています。今日のものは、全体にシリアス感が増していて、私のセンスに合っていて良かったです。
コメディーなのですが、ストーリーは人間と狸との結ばれざる恋ゆえのロミ丸とジュリ絵の悲しき破局。とりわけロミ丸のジレンマに悩む姿は、まさにそのように忠実に表現されていました。狸ゆえにどうしてもチャカしながら話をするのですが、悩むときは非常に深刻な演技で迫っていました。
杏ちゃんのメリタンのロミ丸への悲痛な片思いの愛の歌も良かったなあ。あの歌は涙腺をゆるませるメロディーラインを持っています。歌う直前にメリタンに「アンズ!」と声かけをしたのも効いたみたいです。
ジュリ絵さんの有ちゃんの可愛い口から切ない歌が3度も流れてきますね。感情がいつか切れるのではないかと、はらはらしながら聞くので、よけいに切なく聞こえます。でも、最後には女の人は強いところを見せますよね。
それに引き換え、最近のオトミは笑いキャラになっています。大きく「愛」と認められた扇を持って「おーほほほほほ、おーほほほほほほ」「オーホホホホホ、オ-ホホホホホ」「何がおかしいの!?」
ラインダンスの足の上がりが来るたびに1cmずつ高くなっている気がします。
そしてそして、よく見るとなみいる狸たちの中では、お七狸はいちばんの美人狸ではないかと、最近思っているのですが…。

そして、わらび座の私の娘と思いたい杏と、ノボを演ずるまじめ努力人間の青ちゃんこと青木君です。宮本君の扮するノボは登場するやいなや(寅さんみたいに)笑われるのですが、青木君のときは拍手です。ちなみに、わらび座の私の息子と思いたいのは、葵です。

さて、公演のあとは、偶然に出会った、わらび座の営業の青木さんといっしょに食事をして、あれこれと身の上話をしたりしました。青木さんも三島の市民ミュージカルを見に行きます。三島でも「坊っちゃん」の公演があるので、お世話になっているそうです。まり子さんの同級生の芳子ちゃんともすでに会っていました。
三島の市民ミュージカルについては、カタリナ同窓会のブログに書きましたので、ここでは省略します。知りたい方はそちらを読んで下さい。
感想を一言でいうなら、要するに「市民ミュージカル」そのものでした。

家に帰ってから、またまたユズのママレードを作りました。柿のジャムがあまりにおいしくて、すぐになくなったからです。だってだって、ときどきぺろぺろと食べてたんだもの。それくらいおいしかったんだものー。


それでは、おいら、寝ますじゃ。
2007年12月11日 Posted by Poppo at 03:36 │Comments(0)
はと/更新?
みなさん、久しぶり。
いやあ、さすがに師走です。行事にコマーシャルに懇談に片付けにと、授業の合間にいろいろなことがあります。
来年度の入塾パンフレットと新年のチラシの入稿がすんで、つぎは校正を待つことになりました。そして、えんえんと保護者懇談会をやっているのです。高校三年生を受け持っていると仕方がありません。一人一時間くらい必要ですからね。
そろそろ更新をしないとねー。今日はつまらないものです。明日はまた四国へ行きますから、ネタが手に入ります(笑)。
①これはずいぶんと前の例のリンゴで作った、焼きリンゴ。つぶれたアンパンにも見える。甘いリンゴだったので、見栄えはしなくてもおいしくできましたとさ。まり子作。

②そして、これは何と「柿ジャム」。途中までは、にんじんのつぶし煮みたいなものだったけど、やっとできました。味は?そりゃもう最高ですよ!なんてったって、日本の柿だもの。イチゴジャムみたいにべちゃーとしていなくて、といってもリンゴジャムみたいにしゃりしゃり系でもなく、どっちかというとサラリとしています。が、何といっても風味の上品なこと、この上なし。口に入れたときはそうでもないけど、少しするとじわーんじわじわーんと柿のさっぱりと上品な味が口いっぱいにのどのすぐ手前まで広がり、飲み込むのがもったいなくなるくらいな気持ちになります。
作り方は簡単だから、ぜひお作り遊ばせ。今回は手元に富裕柿しかなかったので、それで済ませました。ちょっと熟れすぎくらいが柔らかい仕上がりになってよい。渋柿系統のものと混ぜたほうがもっとおいしくできるはずです。薄切りに切り刻んで混ぜながら煮込んで、途中で砂糖を入れて、また混ぜながら煮込むだけです。全所要時間は、1時間あれば十分です。砂糖の量は、お好み次第、また材料の甘さと相談の上です。私はあまり甘いのはいやなのですが、仕上がりはいつも甘い!!!

③いつも真夜中にするものだから、このようにパジャマで奮闘するのです。これは、イチジクジャムのときの写真です。ラストステージで、鍋から容器に移しているところです。真のラストステージはこのあとで、私が鍋をぺろぺろべろべろとなめ尽くすのです。

さて、本題に入りますが、忘年会改め新年会ですが、1月19・20日は、ブンちゃんとヨッチンさんの二人とも都合が悪いようなのです。この二人は、カコちゃん、ヒロくんと同期なので、両方とも来られないようでは非常に残念に終わるので、日程をずらしてはどうかなと思っています。その次の週の26・27日はどうでしょうね?
まずは甚屋の状況を聞いてからにしますね。ご意見があれば下さいね。
いやあ、さすがに師走です。行事にコマーシャルに懇談に片付けにと、授業の合間にいろいろなことがあります。
来年度の入塾パンフレットと新年のチラシの入稿がすんで、つぎは校正を待つことになりました。そして、えんえんと保護者懇談会をやっているのです。高校三年生を受け持っていると仕方がありません。一人一時間くらい必要ですからね。
そろそろ更新をしないとねー。今日はつまらないものです。明日はまた四国へ行きますから、ネタが手に入ります(笑)。
①これはずいぶんと前の例のリンゴで作った、焼きリンゴ。つぶれたアンパンにも見える。甘いリンゴだったので、見栄えはしなくてもおいしくできましたとさ。まり子作。

②そして、これは何と「柿ジャム」。途中までは、にんじんのつぶし煮みたいなものだったけど、やっとできました。味は?そりゃもう最高ですよ!なんてったって、日本の柿だもの。イチゴジャムみたいにべちゃーとしていなくて、といってもリンゴジャムみたいにしゃりしゃり系でもなく、どっちかというとサラリとしています。が、何といっても風味の上品なこと、この上なし。口に入れたときはそうでもないけど、少しするとじわーんじわじわーんと柿のさっぱりと上品な味が口いっぱいにのどのすぐ手前まで広がり、飲み込むのがもったいなくなるくらいな気持ちになります。
作り方は簡単だから、ぜひお作り遊ばせ。今回は手元に富裕柿しかなかったので、それで済ませました。ちょっと熟れすぎくらいが柔らかい仕上がりになってよい。渋柿系統のものと混ぜたほうがもっとおいしくできるはずです。薄切りに切り刻んで混ぜながら煮込んで、途中で砂糖を入れて、また混ぜながら煮込むだけです。全所要時間は、1時間あれば十分です。砂糖の量は、お好み次第、また材料の甘さと相談の上です。私はあまり甘いのはいやなのですが、仕上がりはいつも甘い!!!

③いつも真夜中にするものだから、このようにパジャマで奮闘するのです。これは、イチジクジャムのときの写真です。ラストステージで、鍋から容器に移しているところです。真のラストステージはこのあとで、私が鍋をぺろぺろべろべろとなめ尽くすのです。

さて、本題に入りますが、忘年会改め新年会ですが、1月19・20日は、ブンちゃんとヨッチンさんの二人とも都合が悪いようなのです。この二人は、カコちゃん、ヒロくんと同期なので、両方とも来られないようでは非常に残念に終わるので、日程をずらしてはどうかなと思っています。その次の週の26・27日はどうでしょうね?
まずは甚屋の状況を聞いてからにしますね。ご意見があれば下さいね。
2007年12月09日 Posted by Poppo at 02:53 │Comments(0)
南知多の思ひ出?!
皆様お元気でしょうか?インフルエンザなどにかかっておりませんか?
うがい、手洗いをなめてはいけません。約10年前のO―157で一時有名になっていた時は、問題の堺市に引っ越して来たばかりで大変でした。
感染症と云う視点で見れば、Oー157もインフルエンザも同様で、外出から帰った時には、うがい、手洗いが大切です。何度も言いますが、Oー157の中を生き抜いた?私が言うので間違いないです???(真面目な話ですが、感染症予防の本にも、うがい、手洗いの効果について有効であると記載されています。)
今まであまり無いタイプのインフルエンザが、時期も例年に無く早くから流行しはじめたと、NEWSに出ていましたので注意して下さいね。
さて、盛り上がっている新年会の話題の舞台となっている知多半島付近には個人的にいろいろと思い出があります。
冒頭の写真は、ちょうど20年程前のものです。
凄く疲れていて(仕事で、ですけどね)、何か海が見たくなって午後から休みだったので、当時住んでいた、あの織田信長の清洲城のあった西春日井郡清洲町(現在は市町村合併で名古屋市に編入されているそうです・・・)からドライブに来ました。
が、私はあまり覚えてなかったのです。写真についていた、嫁はんのコメントに~仕事から帰って来ると、急に(PM2時頃から)高速と南知多有料道路を走ってここまで来てしまいました~なんて書いてありました。きっと若かったのですね~この時、だっこしている5ヶ月のこの子が、今年、富士山に登った時に、ヘロヘロの私に代わって荷物を持ってくれた子です。
岐阜とか、長野、信州などの山方面も良く行きましたが、南知多周辺もとても気に入って、良く行きました。写真は、南知多ビーチランドの入り口です。水族館にイルカ、アシカのショーなんかがあり、ペンギンとか、アザラシとのふれあい?や、遊園地なんかもありました。どちらかと云うと小さいお子さん向けですね・・・
知多半島からフェリーで渥美半島側、伊良湖岬へも渡れます。こちらには、ご存知、島崎藤村の椰子の実が流れ着いた、恋路が浜があります。
フラワーパークや、電照菊のハウスなんかもありましたね。夜は幻想的でキレイですね。
昔、写真家の宮崎康彦さんが、「誰も行かない日本一の風景・絶景」と云う、ちょっと微妙ですが、とてもおもしろくて、確かにわざわざは行かないかも知れないけど、なるほど絶景と云えるところばかりを取り上げた写真集がありました。そのなかにも、こちらの電照菊のハウスが取り上げられていました。
どうでしょうか?どなたか、このあたりの思い出を持った方はいませんか?もう20年も前の事なので、私のコメントにもいまひとつインパクトがありませんね。しかも、当時とは、かなり変わっているでしょうしね・・・新しい情報、見所等も書き込んで頂けませんか?
みんなが、どうしても知多の方へ行きたくなる様な情報提供をお待ちしております・・・???!!!そうです。どんどん盛り上げて下さいね!!!またまたKYを発揮している私ですみません。
2007年12月09日 Posted by YAすべエ at 01:28 │Comments(2)
はと/大山だよ。
みなさん、こんばんは。
私は今日の日曜日は仕事でした。公開実力テストの監督と、来年度の入塾案内のパンフレットを作成していました。
パンフレットの作成はまだ終わっていません。今からするのですが、ちょっとブログもしなきゃあね、と思って寄り道をしています。
明日は雨が少し降るようで、寒さはゆるんでいます。瀬戸内はどうしても柔らかい天気ですね。
この前の日曜日は、今日に備えて遊んでおこうと思って、大山へ行ってきました。
趣を変えて、大神山神社から宝珠越えをして、ユートピア小屋経由で三鈷峰(さんこほう)へ登ることにしました。このルートは久しぶりです。大山を裏側から眺めることになります。崩落して岩の壁を見ることになります。
早朝にと思っていましたが、眠くて結局7時過ぎに家を出ました。大山に登るには、ちょっと遅い時間になってしまいました。でも岡山県と鳥取県の県境の明知峠はこわいところです。もし、本気で早朝に家を出ていたら、峠からの下り坂が凍結していて、どこかに突っ込んでいたかもしれません。私が通ったのは、ちょうど凍結が解けた頃でした。
①その明知峠から、毎回のように見える霧の盆地の向こうに白く輝く大山です。夏も、大山の岩石は白いので岩肌は白く見えます。このときも、雪か岩かはっきりとは分かりませんでした。

②でも、雪でした。ちょっと驚きました。山頂付近は雪を冠っているのは知っていましたが、これはけっこう雪が多い、少し不安。だって、瀬戸内はとっても暖かくてぬるぬるとしていましたから。ここだって、この日は素晴らしい晴天で寒くはありません。

③ところが、大山環状道路は部分的に凍結していました。もうすぐ10時になります。朝、7時ごろ家を出たのは正解だったようです。大山寺を過ぎてからの石畳の道です。日本でいちばん長い石畳の道らしいです。

④やがて、大神山神社です。この神社の裏側から登山道に入り、林道を横切って、あまり人の行かない登山道に入ります。

⑤ご存知、ブナの大木です。もうすっかり葉を落としています。ね、空は真っ青でしょう。でも変なのです。こんな良い天気なのに、誰にも会いません。今朝、私より先に一人か二人歩いた跡があります。いくらこのコースは人が少ないからと言って、出会わないことはないのですが。

⑥だいぶ登ってきました。大山元谷を隔てて大山の本峰が見えます。けっこうな雪だなあ。いつ降ったんだろう。土小屋で神主さんに聞いた話では、あのときの2,3日前。ということは、数日前かー。新雪ですね。

⑦登山者がいない理由はやはりこれです。尾根道にさしかかりました。10cmくらいの雪が積もって解けずに残っています。吹きだまりでは30cmくらいありますか。おいおい、スパッツは持って来ているけど、アイゼンもピッケルも持って来てはいないよ。先行者の足跡のそばにピッケルのピックが突き刺したような跡が続いている。

⑧見えましたね。ブナの枯れ枝越しに、今日の目標の三鈷峰が。

⑨何かかっこいいですね、この三鈷峰は。夏に見るとこんな険しくは見えませんよ。いいなあ、ほれ直しました。実際は夏でも険しく危険な山ですが、これはもう人を寄せ付けない厳しさがあります。

⑩振り返って、こちらが大山の本峰です。いちばん高いところが剣が峰。夏ならば崩壊して荒れた岩場だらけの岩壁なのですが、これまたかっこいいですね。もうとってもアルプス的。

⑪こんなに晴れて、青空をバックにくっきりと立ち上がっている三鈷峰。しかーし、私は装備を持っていない。もう12時になります。仕方が無い。行けるところまで行って引き返すことにします。

⑫ここは、宝珠越えでいちばん見晴らしがいい小さなピークです。ル-トは、ここから少し下って、やせ尾根を這いずり回って(だって、右側は切れ落ちているはずだから)正面の谷の大山側をトラバースして、見えるかなあ、谷を登りきったところに小さな小屋があるでしょう。それがユートピア小屋。夏なら、1時間くらいで行けるはずですが、これは誰がどう見ても、普通のかっこうなら不可能でしょう?
足元が凍結、氷結しているとアイゼンが必要。積雪が深いとピッケルが必要。この状況はアイゼンはなくていいが、ピッケルは必要です。滑落し始めたら雪の中へピッケルを差し込んで体を止めるのです。でないと、雪の上を、木にぶつかったり岩にはね飛ばされたりしながら、何十mも谷の底まで落ちていきます。おいら、ここでやーめた。もういいや。おにぎりを食べて景色を存分に見て帰るとするよ。積雪がある割には日差しは強くて、日に焼けそうです。リュックを下ろして背中を太陽に向けて、汗を乾かします。まどろんだり写真を撮ったりして30分くらい過ごしました。最後に記念に誰の足跡もついていない雪の上にオシッコをして、そのピークを後にしました。

⑬もう、とっとことっとこ下りるだけです。宝珠山からスキー場のほうへ回り道をすることにしました。裸のブナたちが踊っています。

⑭ブナが呼んでいますよ。

⑮もう雪はありません。黄葉が残っていました。午後の逆光できれいです。今は3時です。下るときは、雪は柔らかくなっていましたが、もう少ししたら、また固く凍り始めます。もし、あのまま無理をして登っていたら、たとえ山頂にたどり着けたとしても、下山することには雪がかちかちに凍り付いて、いっそう危ない状況になっていたでしょう。下りて正解。おいら生きていてうれしいよ。

⑯左が宝珠山。ここからは見えませんが、地面には積雪があります。その尾根伝いの奥にあるのが、三鈷峰です。まあ、また来年の春に来るとするか。ね、大山も冬になると、けっこうすごい山になるし、夏よりもいい男になるでしょう?

年明けの予定は、まだ立ちにくいかと思いますが、決めてしまえば、それが予定になります。関東からも関西からも意外と近い名古屋、知多半島です。甚屋の写真は見たでしょう。あのほのぼのとした雰囲気の中で、のんびりとわいわいがやがやとしたら、さぞかし楽しいでしょうね。お料理もお魚がおいしそうですねー。しかも、おかみさんカコちゃんの手料理ですよ。ヒロがきっとお膳を運んでくるんだぞー(笑)。それから、もちろんお歌も歌ってね。
そしてー、実は家のすぐ前は海だってさー。夏じゃないから泳ぐわけにはいかないけど、突堤で魚釣りはできるでしょう。ただ寒いとお魚も眠っているよね。
若狭の辺もどうかなって思ったのですが、冬の日本海はさぞ寒かろうね。それはそれで味があって、カニがたくさん食べられそうだけど、ガチガチと歯がふるえそうです。ブッチの住んでいるあたりも、そのうち行きましょうね。
ということで、今度の集結イベント会場は、甚屋。来年の1月19・20日です。いいでしょう?参加できそうな人はどんどん名乗りをあげていってくださいね。
私は今日の日曜日は仕事でした。公開実力テストの監督と、来年度の入塾案内のパンフレットを作成していました。
パンフレットの作成はまだ終わっていません。今からするのですが、ちょっとブログもしなきゃあね、と思って寄り道をしています。
明日は雨が少し降るようで、寒さはゆるんでいます。瀬戸内はどうしても柔らかい天気ですね。
この前の日曜日は、今日に備えて遊んでおこうと思って、大山へ行ってきました。
趣を変えて、大神山神社から宝珠越えをして、ユートピア小屋経由で三鈷峰(さんこほう)へ登ることにしました。このルートは久しぶりです。大山を裏側から眺めることになります。崩落して岩の壁を見ることになります。
早朝にと思っていましたが、眠くて結局7時過ぎに家を出ました。大山に登るには、ちょっと遅い時間になってしまいました。でも岡山県と鳥取県の県境の明知峠はこわいところです。もし、本気で早朝に家を出ていたら、峠からの下り坂が凍結していて、どこかに突っ込んでいたかもしれません。私が通ったのは、ちょうど凍結が解けた頃でした。
①その明知峠から、毎回のように見える霧の盆地の向こうに白く輝く大山です。夏も、大山の岩石は白いので岩肌は白く見えます。このときも、雪か岩かはっきりとは分かりませんでした。

②でも、雪でした。ちょっと驚きました。山頂付近は雪を冠っているのは知っていましたが、これはけっこう雪が多い、少し不安。だって、瀬戸内はとっても暖かくてぬるぬるとしていましたから。ここだって、この日は素晴らしい晴天で寒くはありません。

③ところが、大山環状道路は部分的に凍結していました。もうすぐ10時になります。朝、7時ごろ家を出たのは正解だったようです。大山寺を過ぎてからの石畳の道です。日本でいちばん長い石畳の道らしいです。

④やがて、大神山神社です。この神社の裏側から登山道に入り、林道を横切って、あまり人の行かない登山道に入ります。

⑤ご存知、ブナの大木です。もうすっかり葉を落としています。ね、空は真っ青でしょう。でも変なのです。こんな良い天気なのに、誰にも会いません。今朝、私より先に一人か二人歩いた跡があります。いくらこのコースは人が少ないからと言って、出会わないことはないのですが。

⑥だいぶ登ってきました。大山元谷を隔てて大山の本峰が見えます。けっこうな雪だなあ。いつ降ったんだろう。土小屋で神主さんに聞いた話では、あのときの2,3日前。ということは、数日前かー。新雪ですね。

⑦登山者がいない理由はやはりこれです。尾根道にさしかかりました。10cmくらいの雪が積もって解けずに残っています。吹きだまりでは30cmくらいありますか。おいおい、スパッツは持って来ているけど、アイゼンもピッケルも持って来てはいないよ。先行者の足跡のそばにピッケルのピックが突き刺したような跡が続いている。

⑧見えましたね。ブナの枯れ枝越しに、今日の目標の三鈷峰が。

⑨何かかっこいいですね、この三鈷峰は。夏に見るとこんな険しくは見えませんよ。いいなあ、ほれ直しました。実際は夏でも険しく危険な山ですが、これはもう人を寄せ付けない厳しさがあります。

⑩振り返って、こちらが大山の本峰です。いちばん高いところが剣が峰。夏ならば崩壊して荒れた岩場だらけの岩壁なのですが、これまたかっこいいですね。もうとってもアルプス的。

⑪こんなに晴れて、青空をバックにくっきりと立ち上がっている三鈷峰。しかーし、私は装備を持っていない。もう12時になります。仕方が無い。行けるところまで行って引き返すことにします。

⑫ここは、宝珠越えでいちばん見晴らしがいい小さなピークです。ル-トは、ここから少し下って、やせ尾根を這いずり回って(だって、右側は切れ落ちているはずだから)正面の谷の大山側をトラバースして、見えるかなあ、谷を登りきったところに小さな小屋があるでしょう。それがユートピア小屋。夏なら、1時間くらいで行けるはずですが、これは誰がどう見ても、普通のかっこうなら不可能でしょう?
足元が凍結、氷結しているとアイゼンが必要。積雪が深いとピッケルが必要。この状況はアイゼンはなくていいが、ピッケルは必要です。滑落し始めたら雪の中へピッケルを差し込んで体を止めるのです。でないと、雪の上を、木にぶつかったり岩にはね飛ばされたりしながら、何十mも谷の底まで落ちていきます。おいら、ここでやーめた。もういいや。おにぎりを食べて景色を存分に見て帰るとするよ。積雪がある割には日差しは強くて、日に焼けそうです。リュックを下ろして背中を太陽に向けて、汗を乾かします。まどろんだり写真を撮ったりして30分くらい過ごしました。最後に記念に誰の足跡もついていない雪の上にオシッコをして、そのピークを後にしました。

⑬もう、とっとことっとこ下りるだけです。宝珠山からスキー場のほうへ回り道をすることにしました。裸のブナたちが踊っています。

⑭ブナが呼んでいますよ。

⑮もう雪はありません。黄葉が残っていました。午後の逆光できれいです。今は3時です。下るときは、雪は柔らかくなっていましたが、もう少ししたら、また固く凍り始めます。もし、あのまま無理をして登っていたら、たとえ山頂にたどり着けたとしても、下山することには雪がかちかちに凍り付いて、いっそう危ない状況になっていたでしょう。下りて正解。おいら生きていてうれしいよ。

⑯左が宝珠山。ここからは見えませんが、地面には積雪があります。その尾根伝いの奥にあるのが、三鈷峰です。まあ、また来年の春に来るとするか。ね、大山も冬になると、けっこうすごい山になるし、夏よりもいい男になるでしょう?

年明けの予定は、まだ立ちにくいかと思いますが、決めてしまえば、それが予定になります。関東からも関西からも意外と近い名古屋、知多半島です。甚屋の写真は見たでしょう。あのほのぼのとした雰囲気の中で、のんびりとわいわいがやがやとしたら、さぞかし楽しいでしょうね。お料理もお魚がおいしそうですねー。しかも、おかみさんカコちゃんの手料理ですよ。ヒロがきっとお膳を運んでくるんだぞー(笑)。それから、もちろんお歌も歌ってね。
そしてー、実は家のすぐ前は海だってさー。夏じゃないから泳ぐわけにはいかないけど、突堤で魚釣りはできるでしょう。ただ寒いとお魚も眠っているよね。
若狭の辺もどうかなって思ったのですが、冬の日本海はさぞ寒かろうね。それはそれで味があって、カニがたくさん食べられそうだけど、ガチガチと歯がふるえそうです。ブッチの住んでいるあたりも、そのうち行きましょうね。
ということで、今度の集結イベント会場は、甚屋。来年の1月19・20日です。いいでしょう?参加できそうな人はどんどん名乗りをあげていってくださいね。
2007年12月03日 Posted by Poppo at 01:43 │Comments(2)
はと/忘年会
民宿 甚屋
海まで1分の好立地
自慢の海鮮料理はもちろん、自家製の田畑から採れた米、野菜。果物をお出ししています。
中でもみかん山からは南知多で屈指のおいしさを誇るみかんがあり、季節ともなればみかんだけの販売もしています。

うわーん、サプライズ忘年会。ここで関西支部の忘年会をやる予定でした。
昨日、電話を入れて、おかみさんに予定を聞きました。ちょうどおかみさんが電話に出たのはよかったのですが…。
それがその、12月22日は満員御礼で、どうにもこうにもならないのです。「うーん、困ったなあ、何とかならないかなあ。」とは言ってくれるのですが、ああ残念、「はと」の力をもってしても どうしてもだめでした。
それほど大きな民宿ではありません。基本的に、金・土・日のウィークエンドしか営業しないようですが、年末はなじみ客が集まってきて、忘年会を催すので、土曜日は空きがないそうです。「台所のすみでもいいよ。」と言ったのですが、そういうわけにもいかないのですね。
ご主人は、教育委員会に勤めていて、ときどき手伝っているようです。父母はすこぶる元気で、今もミカン山でミカンを摘んでいるそうな。
子供はねー、男の子が二人だったかな、すでに大人でどちらも東京で働いているそうな。
しかし、何とかここでやりたい。
「1月19日(土)と20日(日)はどう?10人も来ないと思うけど。」「うーん、その日もねえ、年明けは新年会だから。でも、1組だけだから何とかなるかもー。」「よっしゃ、そこをとっといて。泊まりたいものは、19日から集まる。そして、泊まれないものは翌日に合流して、昼食をメインに盛り上げたらいい。そして、夕方には解散でどう?」
ということで、急転直下。来年の1月19日(土)、20日(日)に、新年会を開くことに、もう決めちゃいました。となると、関西支部だけでなく、一応「はと」全体で取りくんじゃいましょうね。
一つには、おかみさんも「わー、会いたいよー。」と叫んでいるからです。夏の集まりのときの、トミちゃんの舞台も見たかったと言っていました。
そう、このおかみさんは、昔よりちょびっと小太りになって、長い髪はじゃまになるので短くしているのですが、カコでーす。
教育委員会へ勤めているのは、これまた太めになったヒロでーす。
先日のヒロからメールにこんな文句がありました。
「この間は、貴重なCDをいっぱい贈っていただきありがとうございました。
なつかしく聴かせていただきました。
ポッポさんの情熱とバイタリティに改めて脱帽するとともに、
このまま普通の老人になってはいけないと思いしらされたというか、
大きな勇気をいただいたような気がします。
本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。」
そうですねー。「このまま普通の老人になってはいけない」のです。
まだまだ何かできる。みんなが集まればできる。ねー。
では、そこへ集まってやろうではありませんか。
また、きちんとした招待状を作りますが、とりあえず、みなさんのご意見、ご賛同の意思をお聞かせください。
----------------------------------
民宿 甚屋
●住 所:愛知県知多郡南知多町大字山海字橋詰45
●電話・FAX:0569-62-1043
●E-mail:jinyaoo@viola.ocn.ne.jp
●問合せ方法:電話、FAX、E-mail
●料 金:宿泊(一泊二食付き) 大人 7,350円~ 小人 6,300円~
休憩 大人 840円 小人 630円
昼食 4,200円
※インターネット特 典 ・お土産プレゼント:
必ず「ホームページ見たよ!」と言ってくださいね
その他 料理により活き造り タコの姿茹でお出しします。
季節により料理内容は変わります。
●交通①電車:名鉄名古屋駅から知多半島内海行きに乗車、特急46分、急行55分で内海着、そこから車で5分。
②高速道路:名古屋から知多半島道路・南知多道路で南下して、古布ICで下りて、そこから5分。
海まで1分の好立地
自慢の海鮮料理はもちろん、自家製の田畑から採れた米、野菜。果物をお出ししています。
中でもみかん山からは南知多で屈指のおいしさを誇るみかんがあり、季節ともなればみかんだけの販売もしています。

うわーん、サプライズ忘年会。ここで関西支部の忘年会をやる予定でした。
昨日、電話を入れて、おかみさんに予定を聞きました。ちょうどおかみさんが電話に出たのはよかったのですが…。
それがその、12月22日は満員御礼で、どうにもこうにもならないのです。「うーん、困ったなあ、何とかならないかなあ。」とは言ってくれるのですが、ああ残念、「はと」の力をもってしても どうしてもだめでした。
それほど大きな民宿ではありません。基本的に、金・土・日のウィークエンドしか営業しないようですが、年末はなじみ客が集まってきて、忘年会を催すので、土曜日は空きがないそうです。「台所のすみでもいいよ。」と言ったのですが、そういうわけにもいかないのですね。
ご主人は、教育委員会に勤めていて、ときどき手伝っているようです。父母はすこぶる元気で、今もミカン山でミカンを摘んでいるそうな。
子供はねー、男の子が二人だったかな、すでに大人でどちらも東京で働いているそうな。
しかし、何とかここでやりたい。
「1月19日(土)と20日(日)はどう?10人も来ないと思うけど。」「うーん、その日もねえ、年明けは新年会だから。でも、1組だけだから何とかなるかもー。」「よっしゃ、そこをとっといて。泊まりたいものは、19日から集まる。そして、泊まれないものは翌日に合流して、昼食をメインに盛り上げたらいい。そして、夕方には解散でどう?」
ということで、急転直下。来年の1月19日(土)、20日(日)に、新年会を開くことに、もう決めちゃいました。となると、関西支部だけでなく、一応「はと」全体で取りくんじゃいましょうね。
一つには、おかみさんも「わー、会いたいよー。」と叫んでいるからです。夏の集まりのときの、トミちゃんの舞台も見たかったと言っていました。
そう、このおかみさんは、昔よりちょびっと小太りになって、長い髪はじゃまになるので短くしているのですが、カコでーす。
教育委員会へ勤めているのは、これまた太めになったヒロでーす。
先日のヒロからメールにこんな文句がありました。
「この間は、貴重なCDをいっぱい贈っていただきありがとうございました。
なつかしく聴かせていただきました。
ポッポさんの情熱とバイタリティに改めて脱帽するとともに、
このまま普通の老人になってはいけないと思いしらされたというか、
大きな勇気をいただいたような気がします。
本当にありがとうございました。
今後ともよろしくお願いします。」
そうですねー。「このまま普通の老人になってはいけない」のです。
まだまだ何かできる。みんなが集まればできる。ねー。
では、そこへ集まってやろうではありませんか。
また、きちんとした招待状を作りますが、とりあえず、みなさんのご意見、ご賛同の意思をお聞かせください。
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民宿 甚屋
●住 所:愛知県知多郡南知多町大字山海字橋詰45
●電話・FAX:0569-62-1043
●E-mail:jinyaoo@viola.ocn.ne.jp
●問合せ方法:電話、FAX、E-mail
●料 金:宿泊(一泊二食付き) 大人 7,350円~ 小人 6,300円~
休憩 大人 840円 小人 630円
昼食 4,200円
※インターネット特 典 ・お土産プレゼント:
必ず「ホームページ見たよ!」と言ってくださいね
その他 料理により活き造り タコの姿茹でお出しします。
季節により料理内容は変わります。
●交通①電車:名鉄名古屋駅から知多半島内海行きに乗車、特急46分、急行55分で内海着、そこから車で5分。
②高速道路:名古屋から知多半島道路・南知多道路で南下して、古布ICで下りて、そこから5分。


