骨休め/奥穂高登頂日記(2日目)


 
 今日は、双子ちゃんの運動会でしたが、運動会の最中にゲリラ豪雨に見舞われ、途中で延期となりました。
 それで、続きに取り組んでいます。

 
 Poppoさんのコメントの、「疑いと、天気は、晴れが良い!!」には、一本取られましたね・・・笑ってしまうやら、感心するやらで、大変でした・・・

 さて、奥穂高岳の2日目は、雨でのスタートです。

 昨日、満月の様な立派な月が出ていましたが、星は見えず、しかも全然寒く無い・・・う~何かやばいなアア~と思っておりましたが、やっぱり雨です。
 同室の人たちは、やはり夜明け前からゴソゴソと準備をしておりました。



 朝食です。彼らは5時過ぎに朝食をすませた後、君たちは登らないのか?と云う言葉とともに出発して行きました。
 言葉の感じからすると、静岡県民と思われるのですが、お話をする間も無く、寝て、朝食をすませ、もう出て行きました。
安全登山を祈るばかりです・・・

 私達は、小屋のテレビ(ケーブル?)の気象情報で、午前中は雨、午後には少し回復して、曇りと云うのを見て、要らない物は大きな方のザックに詰めて小屋に置き、必要な最低限の物を小さい方のザックと、用意してきた折りたたみ式のサブザックに詰め、7時頃ゆっくりとスタートです。
 北穂高から涸沢岳を経て奥穂高へ行くとか、色々パターンも考えておりましたが、お気楽アルピニスト??の私ですので、この雨では、景色も見えないし、安全上も、イマイチです。ザイテングラートを素直に登ることにしました。
 デジカメが防水では無いので、登りの写真はありません・・・悪しからず・・・
 ザイテングラートは意外にきつく、梯子、鎖もありますが、絶壁の崖を登る所もあります。(勿論、大した事は無いのですが、雨なので、中々難儀でしたよ~!)
 途中で、先に出発した、先程の同室の団塊世代のグループの方々と逢いましたが、ここで「我々は勇気ある撤退をします~!」と言って下り始めました・・・
 私達は、下ることはまったく考えて無かったので、ちょっと呆気に取られてしまいましたが、雨の中、慣れてない人にとって、この岩場を登るのは、やはり危険な事だと思います。
 なので、気を付けて、下ってくださいね~!と、挨拶をして別れました。

 その後、私達は、ほぼガイドブックの時間通りに登り、小屋にたどり着く寸前のテント場に、黄緑色?明るいグリーンの1~2人用のテントを見ながら、穂高岳山荘にたどり着きました。





 穂高岳山荘です。涸沢小屋はこじんまりとしてアットホームな感じでしたが、もう少し広く、良い感じです。
 到着した時はまだ閑散としておりましたが、その後段々と人が増え、仕舞いには溢れそうになって来ました。
 雨なので、しばらくこちらで待機です。昭和チックなニッカボッカに、ごっついハイソックスで、ヤブコギをして岳沢へ登り、重太郎新道から前穂を経て吊尾根から奥穂へ来たと云う、60歳過ぎくらいの女性が入って来ました。
 後から来る人で、何度も北アルプス周辺に来ているとおぼしき方々は、先ほどの女性と、また逢ったな~と、言葉を交わしていました。結構、かなり?有名人?ちなみに先程の明るいグリーンのテントは、こちらの女性のものでした。
 この後、私と同級生位?50歳過ぎとおぼしき女性2人組みが登って来ました。こちらは一人の方が、昭和タイプのスタイルで、もう一人の方は、平成チックな新素材のスタイルで、対照的なスタイルでしたが、颯爽と現れました。
 私達を見るなり、親子?と、声を掛けて来ましたので、先程のベテランの女性も交えて、色々と話をしておりました。それでも、雨はやみません。ちなみにどなたも、登山経験が豊富で、私などは全く足元にも及びません・・・

 バーナー等も下の涸沢小屋に置いて来たので、さっぱりです。コッヘルもバーナーもボンベも超小型なので、持って来れば良かったな~と、後悔しながら、私は、山荘の珈琲と、息子はホットミルク(いずれも500円です。)を飲みました。ちなみに、コーヒーは、とても美味しかったです・・・
 と、のんびり待っておりましたが、全く雨は上がりそうに無く、とりあえず、涸沢岳に登ることにしました。と云っても、頂上まですぐですが・・・



 登りきった先は絶壁ですが、ガスで視界が無く、そんな感じには見えません。



 三角点は、3103mですが、頂上は3110mで、この付近では奥穂につぐ標高です。

 涸沢岳を降りて来てから、カレーを食べました。



 ここで決心?をしました。今日は、涸沢小屋へは下らない事にしました。穂高岳山荘に泊り、明日の天候の回復に賭けるわけです・・・穂高岳山荘がとても気に入ったのと、涸沢小屋がすでに予約のみでも定員いっぱいと聞き、ちょっと躊躇したのが、本心ですが・・・せっかくの山の休日ですが、ゆったりと過ごすのも良いのかなと、云う感じです。

 それで、涸沢小屋にキャンセルの連絡をしようとしましたが、この山荘付近では、ドコモのフォーマは対応していますが、私のauには対応していません。(立山等著名な他の山も同様で、山ではドコモが良い様ですね・・・)
 山小屋は、最近公衆電話を撤去したので、「万一の時は、有償で電話出来ます」のでお申し出下さいとありました。それで、貸して欲しい旨、申し出たのですが、ダメ~!貸せません~!との事・・・???ホームページにもその旨、記入されているのに、話が違う・・・
 ま~楽しく山に来たのだからと、ここは思い直して、それ以上文句は言わない事にしました。
 あちこち移動しているとauもアンテナが立つ所もあり、通話をトライしてみました。でもどうしても通話は駄目で、Cメールで嫁はんに、キャンセル連絡いれてくれ~と用件と小屋の電話番号を飛ばしました。(その後、アンテナが立たなくなりましたが、ちゃんとキャンセル連絡は入れてくれておりました。)

 その後、ちょっと雨が小康状態になりました。そこで、明日も天候が回復しない事も有りうるので、また、凄くヒマでもあるので、奥穂高にとりあえず登っておく事にしました。







 視界は利きません。登り始めの少しではありますが、崖があり、梯子と鎖を登って、瓦礫のガレ場を、トータル40~50分程度行くと頂上です。





 北岳に対抗?して2mのケルンを作って標高を、北岳と同じ3192mにしているとの噂がありますが、本人は、山頂がわかりにくいので、ケルンを立てる事は、はっきりと山頂を示す事が目的だったと、述べているとガイドブックには出ておりました・・・



 とりあえず、雨と、ガスで何も見えません。



 槍ヶ岳から、立山、御岳白馬とかなり展望が良いはずですが、馬の背、ロバの耳、ジャンダルムと、すぐそこに見えるはずのものも、ほとんど見えません。(この写真は、ちょっと方向が違いますけどね)
 なので、もう、降りて山荘へ戻るしかありません・・・



 雨の中なのでちょっと滑りますが、視界がきかず、高度感が無いため、逆にあまり恐くはありません・・・
 やっと?上り口まで降りて来ました・・・



 山荘です。



 ヒマです・・・何だかとても充実している?贅沢な時間を過ごしている様な気もします(と、心に言い聞かせている様でもあります・・・?)



 親子で、飲んべエなので・・・(21歳です。一応、法的にも何の問題はありませんので・・・念のため)



 とても気持ち良くなったので、外の風に当たりに来ました・・・
 山荘も風力発電に



 屋根には、ソーラー発電と、エコな時代になっていますね・・・



 部屋です。やはり敷布団の巾は、ハーフサイズです・・・
 ロフト?もありますよ~!!





 廊下に、靴とか、ザックとか、雨具等は置きます。置く所も、掛けるものも付いています。






 噂のクラシックが流れる中、お食事です。

 余談ですみませんが、
 涸沢小屋は、食事の際に、ダイニングルーム入り口で、部屋名や名前、人数を確認しておりましたが、こちらはノーチェックです。
大阪育ちの息子は、これなら素泊まりの料金で、黙ってたら、ただで食事できるやん!と、田舎生まれ、昭和育ちの私には無い発想で、物を言っておりました。
 あ~でも、確かにやばい、将来的には部屋番号とかの確認をして行った方が良いかも~!! 置き引き、万引き、車上荒らしが日常茶飯事の、最近めっきり大阪府民になって、カーナビも盗まれた私は、ちょっと考えてしまいました・・・

 そんなことには関係なく、またビールを飲み、多分、さっきから併せて2人で、ビール3リッター程と、ワインも飲んでいました・・・標高約3000mのお酒は、とても美味しく、また、なかなか効果的でもあります・・・

 そんな時に少し夕日が見え、笠ガ岳も少し顔を出してくれました。



 涸沢岳側です。この登り口には、ヘリポートがあり、実は、明日も大活躍してしまいます。
ただ、この視界ではヘリも来ないので、この位置では、わかりませんが、テント場になっています。何たって、平坦この上無いもんね・・・

 

奥穂の上り口です。ガスが晴れて来て、やっと見えました。



 明日の天気に、期待が持てます。



 で、テレビの周辺に、山荘中の人が?集まって来ました・・・なぜか??それは、夜7時前の、NHKのローカルの天気予報に、みんな注目です。
 長野付近も10ブロック以上位に細分化され、最後にやっと松本付近が出て来ました。さて、今まで、どのブロックもずっと終日曇りの予想の様でしたが、松本付近のブロックだけが、曇り、後、晴れと発表がありました。
 皆、声には出しませんが、一様に安堵の表情を浮かべました。
 部屋へ帰る人、残って談笑する人、図書コーナーで写真集や、本を見ながら、珈琲などを飲む人と、様々ですが、やはり何か、先程より、場の空気が軽くなった様に感じました。

 ところで空気と言えば、やはりこの山荘でほぼ3000m(正確には2983mとの事)あり、頭の奥の方が、先ほどからツーンと、軽いながらも鋭い痛みがあります。
 息子も丁度同じでした。(おい、それはお酒じゃないの?との声も有るようですが、明日、ザイテングラートを下ってからは、綺麗に頭痛が無くなったので、やはり、軽い高山病だった様です。)






 夜も更けて、そろそろ明日に備えて寝る頃となりました。もう少しすると消灯し、真っ暗になります。
 


 夜は7~8時に寝て、朝は4~5時には起きて、ご飯を食べると言う、息子に言わせると、夏休みで昼頃まで寝ているので、ドイツ旅行以来の、時差のある生活や~!云わば海外旅行に来たみたいなもんやな~!と言っておりました。
 ちょっと複雑な感じですが、2日目は雨で、ゆったりとした時間が過ごせました・・・それでは、また3日目でお会いしましょうね・・・(3日目の予告です。3日目も朝は、ガスって視界が悪かったのですが、段々と回復し、涸沢から、パノラマコースへ入り、屏風のコル、慶応尾根乗り越し、奥又白谷から新村橋を渡って、上高地へと帰るコースをたどりました・・・)
  

2008年09月26日 Posted by YAすべエ at 21:46Comments(1)

骨休め/奥穂高登頂日記(1日目)



 なんだか絵葉書みたいな感じですね。とても良い景色だとおもいませんか?上高地の典型的な景色そのままです。幸せです。

 ところで、ちょっと脱線しますが、チームマイナス6%などと、コマーシャルや、運送トラックの後等に記載されているのを、見た事はありませんか?
 京都議定書に従って、CO2の削減の推進をするものですが、一定規模以上の事業所、商業ビルでは、省エネのための推進者として、エネルギー管理士が必要となっております。
 そのエネルギー管理士は、国家試験に合格しないとなれません。試験は、毎年8月の第一土曜日にあり、本題とは何の関係もありませんが、私、今年チャレンジして、何とか合格することができました。
 それがどうした?って感じですいません。これが意外に難しく、大学入試以来か?と云うくらい、真剣に勉強しました。
 特に、年明けの1月からは、自分で言いますが・・・かなり真剣に勉強しておりました。また、この1年ほどは、その試験が気になって、あんまり遊びに行く気にならず、かなり禁欲的?生活をしておりました。
 そして何とか合格でき、その自分へのご褒美??の意味もあって、久しぶりの北アルプス遠征?となったしだいです。

 ところで標高の高い山日本一は、富士山(3776m)。2番は南アルプスの北岳(3192m)。3番は穂高連峰の奥穂高岳(3190m)です。
 さて、雑誌 山渓のアンケートで、「また登ってみたい山」と云うのがあり、いつも穂高と槍ヶ岳が1位、2位で、3位が富士山です。
割と最近では、バリエーションが多く、奥の深い穂高連峰が1位になっている事が多いです。それで、今回の行き先を、奥穂高岳にしました。

 また余談ですが、昔、井上靖の氷壁を読んだことがあると思います。この氷壁の舞台となった場所も、所々出てきますので、予習として、小説も少し読み返しておいてくださいね・・・意外に新鮮で、面白いかも・・・

 さて今月の12日から16日まで休みを取り、11日の夜に大阪を、一番上の子供と2人で、松本へ向け出発です。まだまだ暗い3時頃に、松本ICをおり、国道沿いのコンビニで、朝食のおにぎりと、なぜかチーズケーキを買って、4時頃に沢渡の市営駐車場に到着。
 そのまま7時過ぎまで、車中でシュラフに入り爆睡・・・サンサンと眩しい太陽に目が覚め、朝食の後、バスで上高地へ入り、いよいよ登山の開始です。



 絶好のお天気です。天気予報では、台風の動きが遅く、今日、明日は晴れで、明後日は雨の予報です。それを信じて出発です。
 水の流れは清冽です。ちょうど20年前にも、この上高地と、そして乗鞍に、今回一緒に来たこの子が、やっと歩き始めた頃でしたが、来ました。何だか、何も変わっていないかの如く綺麗な、心が洗われるようなそんな流れと空です。



 これから全行程、約35k程で、標高差1685mの旅を行います。

 清水川です。バイカモ(梅花藻)でしょうか?なんだか心の中に思い画いているままの川みたいです・・・



 雲ひとつ無い空



 氷壁の宿「徳沢園」です。



 ロッククライミングで有名な屏風岩です。穂高方面では滝谷とか、明神岳とかロッククライミングのかつてのメッカが沢山あり、犠牲者も、やはり沢山出ていた様ですね。帰りに氷壁の、ナイロンザイルが切れた現場の、登りへの分岐に寄って帰ります。
 話は変わりますが、クライマーズハイの原作の舞台は、谷川岳の衝立岩ででしたね。以前の、NHKドラマの撮影現場は、同じ名前の屏風岩でしていますが、山梨県の河口湖に近い三峠の屏風岩で、別物だそうです。映画は見ていないのでわかりませんが、どうだったんでしょうか?



 この辺りまでは、ほとんど登りはありません。13kmあるいて280mほどしか登っていません。
 ここからやっと?登りがはじまります。その前に昼食を、このゴロゴロの岩のある沢(本谷橋)でとります。
 えらい小さな女の子も大はしゃぎです。



 ここから樹林帯の中を登ります。涸沢の上部、前穂側でしょうか?が見えて来ました。



 ナナカマドの赤い実があります。勿論、紅葉にはまだ早いです。



 それで、夏も終り、紅葉にはまだ早い、中途半端な時期なので、空いていると思って来たのですが、やはり三連休、明日は既に、予約のみで小屋の定員いっぱいとの事。
 この辺りの山小屋は、少人数なら予約無しで受け入れるので、いったいどうなることやら・・・うわさの様に、一つの布団に2人、or4人などと言う事が、現実のものとなるのか・・・う~ッ
 そんなことには関係なく、山の風景は何だかさわやかです・・・



 ブルーベリーです。こんなところに自生しているとは・・・食べてみると園芸品種と違い、甘くも無く、酸っぱくも無く、云ってみれば、あまり風味も、味も無いが如く薄いです。色は濃くてりっぱで、完熟しては居る様なのですが・・・



 そんなこんなで涸沢にたどり着きました。ゴロゴロの岩だらけです。たしかにカラカラの沢、涸沢ですね・・・右上の小屋が今夜と明日の宿、涸沢小屋です。
 電話予約で1人100円引き、連泊で2日目以降は一人500円引きです・・・少しだけ魅力的なので、涸沢ヒュッテと涸沢小屋のどちらにしようかと迷ったのですが、涸沢ヒュッテ名物のおでんより、こちらに引かれてしまいました・・・

 

 雪渓がまだ少しですが、残っています。



 明日登る奥穂高が見えます・・・



 Takuan秘伝の、セルフポートレートです。



 いよいよ?小屋にまもなく到着です。剣山の同じように、ミヤマトリカブト、イブキトラノオなんかが咲いています。



 そんなわけでチェックイン?して、さっそく生ビールです。



 こちら、涸沢小屋のアテの名物はこれです。



 テラスです。飛ばして来たから?まだあまり人は登って来ていません・・・



 私です・・・ちょっと余計でしたか・・・?



 ラーク~!落石です。誰もいない崖?沢?危険な香りがしないので、安心して落石の音を堪能?していました。
 カラカラ~コーン~ドカ~ン!ガラガラ~!カラカラ~!と、どちらかと言うと、乾いた音が、かなり長い間、いつまでも涸沢に響いていました。

 漫画、みんなの山「岳」をみたことありますか?あの漫画の中なら、この落石で、足とかが大変な事になっているかも・・・



 さて、5時になり夕食です。ポークピカタは一切れ撮影前に食べてしまいました。
 ババロアの様なデザートも付いています。
 あしたの朝食は5時半です。



 北アルプスの行動は、大半の人が4時には起きて、かなり早く行動する様に、長野の友人が云っていました。(夏の午後は落雷が多いから?早起きは三文の得?)
 なのでもう寝ます。部屋の名前は岩です。今日は連休前の平日なので、ずっと私達2人で1部屋を独占していたのですが、7時頃、寝入ったとたん、掟破りの団塊世代クライマー?のグループが、どやどやと、メチャ騒ぎながら部屋に入って来ました・・・マー仕方ないですね・・・日本を支えて来た人たちです。まだまだバイタリティーに溢れて?います。感謝して、明日のために寝ましょう・・・ちなみに、敷布団はハーフサイズです。巾が半分、寝袋並です。単純に云えば、一部屋に、通常の布団の倍の人数が寝られますね。



 これは、その前に撮った、部屋の窓からの景色です。



 昨晩からの運転の疲れと、今日の山登りの疲れで、またすぐ寝ました・・・が、目が覚めて、もう朝だな・・・トイレ行って廊下の時計を見たら、3時前だと思ったのですが、良く見ると、夜の10時15分でした。短針と長針の見間違いですね、きっと・・・暗いしね・・・
 またうつらうつらしながら、寝ました・・・と、云って居る内に一日目が終わりです・・・今日は歩き詰めの一日でした。

 今日は、いわゆる序章です。2日目からが本番です。乞うご期待・・・それではまた、(時間でき次第アップします)お会いできる日まで、さようなら・・・

 
 
 
   

2008年09月22日 Posted by YAすべエ at 20:03Comments(2)

はと/剣山登山第ニ日目

 みなさん、こんにちは。昨日、ここ福山は台風のたの字もなく、過ぎていきました。貯水量が0だった高知の早明浦ダムに水が貯まり始めたらしく、喜んでいます。福山も雨の少ない場所なので、他人事と思えないからです。これで、高松も夜間断水はしなくていいでしょうね。でも、疑問なのは、高松の水がめがどうして高知の早明浦ダムなのでしょう?ずいぶんと離れているのに。吉野川から導水トンネルでも掘っているのでしょうか?ま、それはおいといて、剣山の二日目です。

 夜中に目が覚めました。泊まった部屋は角でしたから、外が良く見えます。しかし、どうやら周囲一面ガスらしい。雨音がしていないだけ運がいいと思わなけりゃね。日の出は、5時50分ごろということでしたが、これではどうしようもないから寝ておこうと思いました。しかし、みなさん、少しでも期待しているのか、明け方になると物音や話し声がする。この小屋の人は意外に起きるのは遅かったですね。泊り客が少ないからですかね?まり子さんが、朝焼けが見える、見えるとうるさいのです。ちょこっと見てみたら、空のほんの一部分だけが、確かにちょっとだけ赤い。しかし、これでは朝日は見えないだろうと、おいらはまた眠りました。

【ガスの切れ目に見える山々】徳島方面が見えています。まだ、日が昇ってからまもない時間です。


 朝ご飯を食べていると、「おお、霧が晴れた。見えますよ。」の声あり。で、みんな外に出て行きます。昨夕と同じ状況ですね(笑)。部屋までカメラを取りに行きます。帰ってみると、もうガスっています。で、食べていると、また「すごい、すごい、見えるよ。」の声。で、また出て行きます。ということのくり返しで、まあいくらか写真は撮れました。この出入りのせいか、ご飯がうまいせいか、私は2杯、まり子さんは3杯も食べました。よそのお客さんも3杯です。「家ではありえないことが起きている。」という名せりふを言っておられました。

【朝食後、外に出てみる】だいぶ明るくなってきましたが、すっきりとはしていません。


【テラスに上がって見る】ヒュッテの右の角の部屋に泊まっていました。居ながらにして、二つの窓から外が見える絶好の場所だったのですが、この天気では宝の持ち腐れでした。


【色が変わりました】まだガスが流れています。山々の色合いがずいぶんと変わって落ち着いてきました。


 私は、もし晴れていたら、昨日のジロウギュウの反対方向にある、一の森までピストンしてこようと思っていましたが、このガスでは行くだけ無駄なのでやめました。しかし、まだ下山するには早いし、せっかく来たのにもったいない。小屋の人は親切で話し好きです。いろいろ話していて飽きないので、いい時間つぶしになっていました。ところで、おもしろそうなビデオを見つけました。「昭和61年剣山~三嶺縦走」というタイトルです。「これ、見ていいですか?」「ああ、いいですよ。今、かけます。」まではよかったのですが、そこは器械が最近のものですから、オーナーさん、おばちゃんが大分頑張ってくれました。「あのー、もういいですよ。」といつ言おうかと思ったりしましたが、無事に始まってよかったよかった。昭和61年=1986年で、私たち3人の縦走は1977年のことでしたから、10年後の記録ですね。10名くらいの、とある団体の縦走を、同行した頑健な自衛隊員が、当時のでかく重いビデオカメラ&バッテリーパックを持って、登山隊の前後を行き来しながら写したものです。始まると、小屋の人たちもイスに座っていっしょに見始めました。好きなんですね、山が。みんなが解説してくれますから、私も思い出話を交えて話をして、楽しかったです。うーん、懐かしい。いやー、燃え上がりました。よーし、今度10月の連休に、おいら二度目の縦走をしに来ますよ!と断言しました。一人でもいいのだけども、長道中なので、同行者がいたほうが、いいなあ。誰かいっしょに行かない?

【暇なのでものまね】このヒュッテの一代目、新居熊太翁のレリーフがあります。このように、ひょうひょうとした人物のようですね。現在は、二代目と働き者の三代目がいっしょに経営しておられます。


 さて、ビデオも見終わって、8時になりました。そろそろ出かけるかなあ、と思っていたら、晴れました!おいら、すっ飛んで、まり子さんを引き連れて、再び山頂まで行きました。三嶺を見たいと言っていたので、存分に見せてやれました。おお、遥かな三嶺だよ。遠いなあ。見た目で遠いだけでなく、縦走路は、L字型に曲がっているので、さらに遠いんだ。笹が茂っていて歩きにくいだろうし。しかし、遥かな三嶺、行きたい。連休の初日に、一の森と行場で遊んで、ここで一泊して早朝出る。車は、三嶺のふもとの名頃に置いといて、バスで見ノ越まで上がってくればいいのです。調べてくれました。10時過ぎと1時過ぎのバスがあるそうです。決まりだね。

【霧が晴れてきました】右奥のちょっと尖った山が、三嶺です。左からぐるっと回り込んで行きます。遠いでしょう?


【真正面の風景】真中の山は、標高1713mの塔ノ丸。大山の弥山が1711mですから、それよりもちょっと高い。でもここから見るとずいぶん低く見えます。さすが剣山1955mを誇ります。石鎚は1982mですよ。この山は、剣山ドライブウェーから1時間くらいで行けそうですね。


【こんな感じ】昨日の写真にもほぼ同じ場所を写したものを載せています。こちらが明るいです。左の山は、剣山の真北にある丸笹山。大山より1m高い1712mで、これもドライブウェーからすぐ登れるはずです。


【これもそう】二の森、一の森方面です。一の森ヒュッテは落ち着いていい感じらしいです。今度はそこに泊まりたい。村営で今は内田さんという定年退職された方が管理人をやっておられます。オイラ後がまをやってもいいかなあ?


【これは覚えましたか】次郎笈ですね。剣山の山頂からまっすぐにどんどん下りていって、登り返します。


【満足顔】あたしゃ、もう満足だよ。(でも、もういい加減に下りよ)と思っていますね。飽きやすい性格。


【満足、満足】わっはっはっは。待てば海路の日和あり、と言うではないか。


【宝蔵岩】よく岩の割れ目には、ヘビがいるんですよねー。細心の注意を払って、こういうことをしましょう。


 下りは、大剣神社のほうに回って、ついでに御神水を飲んで、リフト西島駅まで降りました。駅の近くにサルナシの実がたくさんあるのを発見。実は、あるのじゃないかなあと私本来の狩猟本能をさらけ出して探していたのです。まだ熟していませんが、10月に来るとばっちりでしょう。他の人が採るかも、ですって?杞憂です。最近の都会人がこんなものを採るものですか。そもそも知らない。そもそも気が付かない。ライバルがいるとしたら、山小屋の人ですね。リフトも無事に下りて、さあ駐車上へ、と動き出したときに、ぽつぽつと雨が落ちだしました。ふふふ、何てラッキーなんだ。まり子さんは、しきりに「山には神様がいる。」と言っています。暑い、と思ったら風が吹いてきた、霧よ晴れて、と思ったら晴れた、などなど実感したそうです。さらに、山登りに関しては連戦練磨のオイラですので、こういうときのために車は屋上ではなく半地下に止めておきました。雨が降っていても、のんびりと帰り仕度ができるという寸法です。えらい?えらいでしょ!

【これも懐かしい】はい、どうでもいいけど、大剣神社です。背後の岩は石灰岩です。すぐ登れそうですけどね。


【ま、これくらいで】御神体の岩に登ると、まり子さんから怒られるので、そばのこの岩でがまんです。


【グミ】ちょっと変わった秋のグミ。もちろん、目が覚めるほど酸っぱい。けどオイラは大好きです。


 さて、帰りは、同じ道を通ってもつまらないし、川之江に寄らなければならない用事を一つ抱えていましたので、祖谷を通って国道32号線へ出る道を選びました。名頃に出る前に、奥祖谷かずら橋に寄りました。祖谷のかずら橋は昔から観光で有名ですが、このほうは、かつては観光ではなくて実際に生活の橋として使われていました。31年前か、その翌年のことか、奥祖谷のかずら橋に来たことがあります。当時は、無料でした。だって、観光地ではなかったのですから。地元の人に、ここにもあるよ、とか20km奥に行けばあるよ、とか教えられて、やって来た記憶があります。そして、鉄のワイヤーは入ってなく、素朴で力強いかずら橋でした。よく揺れました。ただ、本家のかずら橋ほど大きくはありませんでしたね。

【看板】これは、見ノ越にあったものです。


【雄橋】まあ、こういう調子ですね。足元がポイントかな。橋板のすき間がやけに広くて、スケスケなのです。


【こわいぞー】うそに決まっています。へっちゃら。うちの娘は、幼児の頃、やはり吊り橋を渡っていて、橋板のすき間へオシッコをしました。いたずらではなく、がまんできなくなったようですが。写真も撮ってあります。


【こわいぞー②】これは、本気ですね。この腰の引け具合と、肩から腕を伸ばしているでしょう。登山では、かえって危ない身のこなしです。いつでもどこでもまっすぐに立つ!これが基本。


【見本】まあ、このようにすくっと立っていると、見るほうもこわくないでしょう。


【それ引け、こら引け】箱というか籠というか、渡しの乗り物です。けっこう高いところを結んでいるのですよ。しかもちょっと左右にぐらぐらする。手をゆるめると後戻りするので、ぐいぐいとロープを引かなければなりません。


【こんな感じ】たぶん、ここ奥祖谷のかずら橋のほうが、もう1つの有名なものよりも高いのではないでしょうか?


 で、今回はどうよ、と思って立ち寄りました。すると、案の定、一人500円いります。高いですよね。300円がお似合いだと思います。ただし、立派になっていました。もちろん、鉄のワイヤー入りですけどね。さらに、すぐ上流にもう一つかかっていて、一周できるようになっています。大きくて高いほうが雄橋、ちょっと小さくて低いほうが雌橋だそうです。川の水はきれいで小さな滝があって、キャンプ用もありました。ロープで引っ張る箱状の渡しもありました。遊歩道や、モノレールもあり、一日中遊べる場所に様変わりしていました!

【きれいきれい】山奥の家は、このようにたくさんの花を植えて周囲を飾ります。どの家も競うようにして咲かせていますね。宮崎の山奥、愛媛の山奥、広島の山奥、みなそうです。住んでいる人の気持ちが分かりますね。自分も他人も楽しませよう、と思っておられる。


 狭い道をどんどん下ります。ここをバスが走るのだから驚きです。「四国バス」のバス停がところどころありますから、定期バスが走っているのでしょう。とにかく、こんな狭い、そして片側が谷でぐねぐね曲がった道を2時間も走らないと、「外界」に出られないのです。祖谷は日本三大秘境らしいですね。
※ちょっと気になって調べてみました。日本三大秘境=①白川郷(岐阜県白川村) ②祖谷(徳島県池田町・西祖谷山村) ③椎葉(宮崎県椎葉村) だそうです。

【コスモス畑】コスモスが咲き始めています。何人か、雨の中で何かしていますね。ご苦労様です。


 名頃をちょっと過ぎた頃、道端におばさんがいるなあ、と思ってみていたら、他にも何人かいる。ととと、うっわー、驚いた。人形、いや案山子だよ、こりゃあ。そばにカカシ工房という家がある。家なんですよ。家。で、即立ち寄り立ち寄りー。表に、女の人がにこやかに笑って立っておられました。これ、おもしろいですねー。作られたんですか?本物みたい、いや本当の人間みたい。すっごいなあ、と言うと、上の家にも行って見て下さい。縁側に大勢座っていますから、と言われて、ほいほいとそちらへ向かいました。

【農家の縁側で①】なかなか風情がありますね。まり子さんは、トウモロコシを干してあるのが気に入っていましたが。


【農家の縁側で②】この案山子たちは、こうやって話相手が来るのを待っているのです。


 トタンで覆ったわら屋根の古い農家がありました。おお、いるいる。縁側に何人も座っておしゃべりをしておるわい。うっわー、一番奥のばあさんが、動いた!うっわー、本物だ!いや、人間だった。ああ、驚いた。おいら、本当に飛び上がったのです。お婆さんは、にこにこと笑っておられました。これって、わざとなの?することがなくて、こうやって座っているんだって。でもねー、人が悪い、いや、おもしろいなあ。「嫁はおらんかったですか。」「ああ、あの方はお嫁さんですか。おられましたよ。お嫁さんが、ここへ来たらいい、と言ったんです。」「ふだんは、中で焼き物を作っているんじゃが、今日は外におったのですか。」ということで、大阪から来たお嫁さんが、暇に任せて焼き物を焼き、またこうやって案山子をいっぱい作って、本人は遊び、多くの人を楽しませているようです。あ、焼き物は売り物になっていました。お婆さんが、訪問者の感想ノートを出してきたので、私もちょこっと書き込みました。「広島からもけっこう来てくれてます。東京の人も来てくれました。」とうれしそうに自慢しておられましたが、お婆さん、それはカン違いぞなもし、通りかかってたまたま寄っただけぞなもし、とはあえて申しませんでした。

【ねえ、おばちゃん】話しかけてみたくなりますね。


【あのですねえ】私のほうが役者が上ですね。このリアル感が勝負どころです。


【大丈夫ですか】これは、なかなかのものですが、いかんせん、カメラ目線がじゃまをしています。


【なりきり】ん、もう少しかな?心はなりきっていたのですが、素朴さに欠けていました。修行が足りん。


 ということで、私と旅行をするとおもしろいのです。さてさて、お腹が空きましたねー。とうとう、本家の祖谷かずら橋までやって来ました。おお、様がわりしています。今までは、道が狭い、駐車場がない、客引きがうるさい、何かとお金がいる、そのくせかずら橋なんて大したことはない、というので、ぜんぜん良いイメージはありませんでしたが、中心地は道が広くなって対岸に大きな観光センターを建てていて、広い広い駐車場を備えています。おお、これならば、タダで車を停められて、そのセンターの中で食事ができるだろう、と思ってすたこらと行きましたら、なんと駐車料金は500円!信じられない!食事をするのにですよ!その上、当然のごとく橋の通行料も取る。これが公共の施設だとは思えませんでした。すぐ隣の私有地では、さかんに駐車料金300円キャンペーンをやっていましたが、めちゃくちゃ気分が悪くなって、Uターンしてさっさと引き上げました。
 ちょっと進んだら、大きくてきれいな断崖絶壁に乗り出した和風レストランがあったので、寄りました。いっぱい来ていましたね。きっとみんな私と同じ思いだったのでしょう。頼んだものは、そば米雑炊とアメゴ塩焼き(またかよッ)。まり子さんは何でしたっけ?忘れましたが、きっと天ぷらとそばの付いた定食じゃなかったかなあ。彼女のメニューは、いつも私のより高いのです。この差がきっと、**の差になるのでしょう。

【しょんべん狸】そのレストランの展望台からです。この展望台上のテーブルで食べましたが、お隣さんは雨漏りがしていましたぞなもし。それにしても、なかなか元気なオシッコですね。はるか下方まで落ちています。


 で、またすたこらすたこらと車を走らせます。32号線に出るのに、道が狭くおまけに長いけれども、なつかしい祖谷渓を回ることにしました。小便小僧は元気かな。渓谷にある露天風呂にも入りたいし。
 祖谷温泉は、内湯は500円、エレベータで下までおりる露天風呂は1000円。当然下に行きたいのですが、この人の多さは尋常ではありません。車が駐車場に入りきらないから、ずらーっと路上駐車しています。ただでさえ、せまい祖谷渓の道。何とかしろよー。どうしてこんなに人が増えたのだろう?まあ、こんなに多かったら落ち着いて入れないから、やーめたっと。後から聞いた話では、上の内風呂で十分満足が行くそうな。

【しょんべん②】ああ、ちゃんといました、小便小僧。これ、昔のままかなあ?手すりはなかったと思います。だって、あの岩の上でいっしょに写真に写ったもの。いや、金網があって、それを乗り越えたのかもしれん。


【展望台】そのちょっと向こうの展望台。これも昔はなかった。きれいな立派なものが建てられています。が、あまり人は立ち寄りませんね。


これで大体終わりです。川之江でまり子さんの友だち母子と出会って、そのあと、仲人さんのおうちに入って仏壇に参って、最後に、夕食。この夏はインドでした。そこで坂出の入り口で見つけたインド料理専門店。名前は「カーナ何とか」チェーン店みたい。まり子さんは、最初嫌がっていましたが、写真の通り、ご満悦です。あまり辛くないし、ナンが気に入ったようです。

【インド料理】コックさんやホール係の人はインド人でした。インドの新聞とかありましたが、誰が読むのだろう。オイラ、読めないけれども持って帰ってあげました。本格的でしたけど、味は少し日本人に合わせていますね、やはり。お金を払って「ナマステ」と両手を合わせてあいさつすると、向こうはびっくりして、急いで「ナマステ」を返してくれました。微笑を浮かべていましたね。良い一日でした。


  

2008年09月20日 Posted by Poppo at 11:57Comments(2)

はと/剣山登山第一日目

 みなさん、こんにちは。ちょっとご無沙汰でした。休みの後は、とてつもなく忙しくなる職場ですので仕方がありません。台風はだいぶくたばっているようですが、それでも強風は吹くし大雨は降るでしょう。雨は降って欲しかったのでうれしいですね。ゲリラ豪雨だけ気をつけていれば大したことはないでしょう。
 さて、天気が思わしくなくて、懸念だった剣山登山、結局私たち2人だけで登ってきました。一泊して、翌日下山と同時に雨が降り出してラッキーでした。体力はそれほど使わなかったし、いい人が多くて楽しいのんびりした山行でした。では、紀行記です。今日は、「剣山登山第一日目」です。

 朝は、高速道路の通勤割引が5時から9時までなので、わりとのんびりと7時半に家を出ました。あとから思えば、もう少し早く出ていたほうが、あちこち寄ることができたはず。天気がいまいちだったので、心のどこかでブレーキがかかっていたのでしょう。雨の登山はしたくない。となると、せっかく徳島まで行って、そのまま帰るなんていやですからね。降るなら早く降ってくれ、という気持ちでした。

①【与島の展望台より】タンカーがどんぶらこと泳いでいますね。海の眺めはなかなか良いです。


 ところが、高速道路を走って、瀬戸中央道に入っても、晴れているではありませんか。まあ、南へ行くとどうなるか分からないですが、とりあえず、やる気まんまんになりました。有名な与島PAへは行ったことがないので、寄りました。ところが、きっと古い油だったのでしょう。朝っぱらから、てんぷら屋のいやな、吐き気を催す匂いをたっぷりかがされて、第一印象、超悪。別においしいものとかきれいなものもなかったですね。ちょっとだけいい景色を眺めて、出発しました。たぶん、二度と立ち寄ることはないでしょう。

②【同じく展望台にて】ご存知、瀬戸大橋のうちの1つ(名前は?)。そばの男の子は、私の孫?(ではありません)



 坂出ICから、国道438号線をひたすら南下する。田舎道なのに、前の車が遅い、どうしてこんなに遅いんだ。ガソリン代は、少し安くなったのだし、信号のない平らな道なのだから、(オマワリさんもたぶんいないので)もっと早く走ってくれー。えらく手間取ってしまいました。余裕があれば、満濃池にも寄ろうと思っていましたが、パス。やがて、ちょっと山越えして、美馬ICのある貞光まで来て、さあ、ここからが本番です。あいかわらず道は国道438号線です。深ーい深い谷川沿いにある商店で、トイレを借りてサンドイッチを買って、ちょっと腹ごしらえをしました。

③【深い谷を隔てた向こうの人家】懐かしい風景です。イノシシ除けがあります。ここには、この4軒しか人家はないのです…。


 さてさて、人家は途絶え、道はだんだん狭くなり、渓谷沿いにはたまた山腹を巡って、車はどんどんと高みへ登って行きます。秘境だ。愛媛や高知の山村に匹敵します。わが広島県にはすでに見られなくなった風景が展開します。これって、懐かしくてわくわく興奮しますね。ど田舎大好き。そしてね、恐るべきことに、この先に人は住んでいないだろうと思っていると、突然に集落が出現するのです。こんな高いところに家なんてないだろうと思っていると、突如として畑があり人家が見えるのです。
 そうこうしているうちに、旧剣山ドライブウェーまでやって来ました。貞光からの道は、31年前に通った道ですが、狭くあちこちで道路工事をしていたくらいしか覚えていません。たった一箇所、途中休憩したところに見覚えがあっただけです。このドライブウェーは、自衛隊が作った道路として有名で、31年前は断崖絶壁を通る未舗装のでこぼこ道でした。現在はもちろん舗装されていますし、ところどころ広くなっていて、一車線ですが、十分に交わせます。ガードレールもばっちりあるし、何よりも周囲の樹木が大きくなり生い茂っているので、断崖絶壁は完全に隠れています。スキー場(こんなところまで来る気が知れませんが…)、夫婦池の峠を過ぎたあたりから、舗装やり直しの道路工事、そして断崖絶壁を道になりましたが、広くしているので何のことはありません。ということで、登山基地の見ノ越(みのこし)までやってきました。

④【昼食】なかなか美味しそうでしょう。1500円は高いね。足元を見やがって、くそ。



 ただいまの時刻は12時半でした。途中、遊ばなければ4時間ちょいで来るのです!これには、驚きました。石鎚スカイラインを通って土小屋までと同じ所要時間ではありませんか。福山~坂出が1時間、坂出~美馬が1時間、美馬(貞光)~見ノ越が2時間という具合です。これからは、せっせと剣山へ来ることにしますので、徳島支部のみなさんは、たまには山に登りましょうね。
 まず昼食です。もちろん祖谷そばとアメゴの塩焼きです。むむむ、「レストハウス霧の峰」大昔もここで食べた記憶があります。しかし、ここはやめましょう。愛想がないし、高いし、値段の割にはおいしくありません。どうしても観光客は、いちばん大きな派手な店に入りますが、ここはよくありません(断言)。かくして、お店の人は、一見の客の怖さ、インターネットの怖さを知るべきなのです。

⑤【剣山登山リフト】残念ながら、写真ではよく分かりません。大きな傾斜でけっこう怖い。



 雨は降っていませんが、上、つまり山のほうは完全にガスの中です。とりあえず山頂まで行って、ヒュッテで天気を尋ねてから、泊まるかどうかを決めよう、そのためには、荷物を全部持ち上げようということになって、もちろんほとんどの荷物を私の大きなザックに入れて準備をしました。私一人ならば、下から歩くことを選択したでしょうが、そこは山では弱いまり子さんがいますので、途中まで登山リフトを利用します。これが高い!往復で一人1800円です。数あるリフトの中で、最も高いのではないでしょうか?でも、こんな山奥で季節限定、天候に影響される、また安全管理の必要な商売ですから、経営としてはこれくらいは取らないとやっていけないと思います。インターネットからの10%の割引券を使ってちょっとだけ得をしましょうね。15分間で、水平850m、垂直330mほど運んでくれて、終点の西島駅(標高1750m)に着きます。ふふふ、実は剣山は、石鎚に次ぐ高さで、1955mなのですが、これであと200mの標高差を詰めればいいのですから、まり子さんにも登れると思ったのです。このリフトはかなり急勾配です。下りが期待できます。途中で登山道とクロスします。

⑥【リフト終点より】終点は山腹ですが、地名はなぜか「西島」今度来た時は、その由来を聞きますね。頭上に、山頂ヒュッテの別館「雲海荘」が見えます。あそこまで行けばいいのです。大きく見えている割には、距離はありますから御用心。


 西島駅から山頂までは、3本の道があります。いちばん急坂ですが、所要時間が短い尾根道コースを選びました。まり子さんがぐずぐず言っても、短時間なら何とかごまかせるからです。帰りは、最も人気のある大剣神社コースを取ることにしましょう。最悪なのは、遊歩道コースです。最初は、その名のとおり、たら~んとした、ほぼ水平道なのですが、どっちみちツケはやってくるのであり、ぐるりと回った後は、ひたすらジグザグジグザグと斜面を登っていかなくてはなりません。いやになります。まあ、お年寄りにはいいかもね…。

⑦【登山道にて】まあ、こんな感じの階段状の道がずっと続きます。階段は疲れますが、ゆっくりと登るならば楽です。ガスが出ていますね。雨の準備をしていますが、結局、山では一度も使いませんでした。



 話に聞いてはいましたが、剣山の鹿害(しかがい?)はすさまじいものがあります。毒草のトリカブトと、たぶんまずいのだろうクガイソウ以外は、よく食べられていて、クガイソウの群落の中が円形、楕円形に剥げています。そこだけ、食べ尽くしたのです。植生が単純になってしまうのは、仕方がないですが、降水がもろに地面をはいますから、だんだんと土壌がはげてきて、崖が崩れていきます。大規模な崖崩れを防ぐために、尾根には網を張って、鹿が入れないようにしています。尾根が裸になると、そこから大量の水が土壌に浸入して崖崩れを引き起こすからです。笹原や林の中に、彼らの通り道が何本もできています。そして、くちゃーいんだ、ウンチがあちこちあります。山中の鹿はけっこう夜行性ですから、昼間は谷あいで眠っているのでしょうね。今回は一度も見かけませんでした。標高の低い山林はもっと悲惨です。上から見るとよく分かりますが、木々の間に草はありません。土が見えています。これでは、雨が降るたびに土壌が流されて、ひいては樹木の根が洗われて、倒れてしまうかもしれません。わずかのカモシカも鹿に追いやられて、数が減っているそうです。南アルプスは、本当に何箇所も崖崩れが起きていて、登山道を作り変えています。そのうちに、食べ物がなくなって、また鹿の数は減るはずですが、少しは人為的に数を減らしたほうがいいのではないかと思いますねー。

⑧【シコクブシ】猛毒トリカブトの一種です。剣山はほとんどこればかりです。漢字で書くと、「四国附子」ですが、狂言の「附子(ぶす)」については、いくらかご存知ですよね。やはり毒です。


⑨【鹿のフン】ま、見たら分かりますね。ぽろぽろと、あそこから落ちてくる。


 さて、何だかんだと言いながらも、頂上ヒュッテに着きました。しかし、まずは、そのまま山頂まで行きましょう。そうそう、この頃になるとちょっと雲が切れてきました。日が差すと暑いです。ガスも流れ去って、まあまあ景色が見えています。ラッキー。写真を撮りましょう。そして、ヒュッテで相談です。

⑩【剣山山頂にて】知らない人は、剣山の名前から、険しい山容、尖った山頂を想像するかもしれませんが、しかしてその実体は、なだらかな山容、平らな山頂なのです。え、ここがてっぺんなの?初めての人は、みんなそう言います。


満足、満足。腹は見ないように。うーん、どうしても目がいってしまう…。ふだん、私もそうです。


⑪【向こうに見える次郎笈(じろうぎゅう)】変な名前の山ですが、美しい山です。剣山よりも人気があります。


⑫【まあ、こんな感じ】部分的に、石鎚や瓶ヶ森に似ています。一面の四国笹にツガかシラベの立ち枯れの白骨樹が点在しています。


向こうに見えるのは、手前から「二の森」「一の森」です。石鎚山系にも、「二ノ森」という山があります。一の森のヒュッテは居心地がいいらしいですー。今度来たら、このあたりも「散策」しようと思います。


⑬【笹で覆われた山頂】ですが、少し前は、山頂は裸地でした。草や笹が、多くの登山者に踏まれて枯死して、春の雪解け水で表土が流されて悲惨な状況だったようです。それは大山も同様でした。そこで5億円かけて、山頂一帯に木道、展望テラスを設けて、そこ以外は立ち入り禁止という強硬手段をしいたのです。現在は、このようにきれいに復活しています。大山も今はきれいになっていますね。


 「こんにちは。予約をしていた者です。来たのですが、実は泊まろうかどうか迷っています。明日の天気次第なのですが、明日は雨でしょうか?」「これだけは、どうしても天気次第というしかないのです。が、きっと今日と同じようなものでしょう。」ということでしたので、せっかく来たことだし、のんびりしたいので泊まることにしました。そして、お腹が空いたので、おでんを取って食べました。この時期は、いわゆる山の端境期なのです。花は終わっているが、紅葉にはちょっと早い、メインのアトラクションがないときです。でも、まだ緑は濃いし、秋の花がいくらかあるし、何より人が少ない、静かな良い時期なのです。今回も、4グループで、9人だけの泊まりでした。
 とりあえず、天気がもっている間に、隣の次郎笈(じろうぎゅう)まで行って来ることにしました。美しい山です。剣山の女房のような感じの山(笑)。剣山の頂上をすたこらと下りて、また登り返して、40分くらいで着きました。ところが、その頃から、またガスが出てきて、どうもこうもならないくらい、真っ白くなって何も見えなくなりました。それで、さっさと引き返しました。

⑭【晴れていたらなあ】ジロウギュウへは、笹原の快適な道。きつい登りがありますが、ちょっとの距離です。冬、登ると楽しそうだなあ、が、雪崩が起きそう。


三嶺への縦走路が、ジロウギュウの山腹をトラバースしています。31年前に、この道をベンとYAすベエの3人で歩きました。


山頂の展望は素晴らしいはずなのですが、あいにくのガスで何も見えませんし、誰もいません。今、3時過ぎです。帰ってお風呂に入ろう。


 このヒュッテの従業員もオーナーもよく話をされます。二代目は、70を越えていると思われる方ですが、体力、気力とも十分で、さすがに、この道50年という感じでした。4時になって、お風呂(!)が沸きましたので、いちばんに入れてもらいました。小さな浴槽でしたが、笹の葉がつけてあって、いい香り、そして何やら落ち着くー。最高に気分のよいお風呂でした。ごめんなさい。笹の葉の袋を、ぐちゃぐちゃともんだものだから、ごみがたくさんお湯の中に出てしまいました。オイラの垢ではありませぬ。まり子さんも、いいお湯だったと、しきりにほめていました。きっと、山頂の山小屋でお風呂に入れるなんて思ってもいなかったし、実際に入って気持ちのいいものだったので、感無量だったのでしょう。ひょっとして、今回の山旅でいちばん印象的だったのではないかなあ?

⑮【お風呂上りです】快適なお風呂を出た後、まだまだ時間がありますので、外をぶらぶらしました。寒くありません。これが、頂上ヒュッテの入り口です。隣に宝蔵石神社があります。



コーヒーを入れましょう。ゆったりとしてリッチな気分です。そうそう、ひとこと言っておきますが、私はけっしてリッチではありません。でも、こうやって山小屋で泊まっているではないですか、ですって?それはふだんの生活が質素だし、ものをあまり買わないからです。このブログで、私の服装を見てくれたら分かると思いますが、けっこう同じものを着ているでしょう?それから、同じ道具が何度も出てくると思うのですが…。まあ、ものを大事に使う、新しいものをどんどん買わない、ふだんはけちけちで、ここぞというときにはお金を使う。こういう生活をやっておりまする。


これが「宝蔵石」で、この下あたりに平家の落ち武者が宝を隠したらしい。前は、ここへ登った記憶がありますが、今は柵がしてありますね。この岩は、神社になる前は、何本もの木が生えていたのですよ!


 夕食は、またまた祖谷そばとアメゴ(フライ)でしたが、ほれ、こんなにきれいに盛り付けてあります。下の食べたのよりもずっとおいしかった。柚子のつくだに、梅味のひじき、「ここで」作ったこんにゃくとか、いろいろありました。食べているときに、「霧が晴れた。見えますよ。」の声あり。みんなが外に出ます。足下の山々が見えます。何といっても、ここより高いところはないのですから。夕焼けは無理かなあ?で、また中で食べていると、「晴れたよ。」の声あり。カメラを持って出ていきます。おちおち食べておられませんでした。

⑯【夕食】すべて手作り。ぜーんぶ食べました。アメゴの天ぷらは、頭から食べられます。


 暗くなっても、霧が晴れるたびに外に出ます。待っていると、雲が流れてゆき、月が出ました。どうやら、中秋の満月(本当は月齢14)らしい。星も見えました。一番は、木星。カン違いしていました。今まで、北だと思っていたのは、実は南なのです。山頂よりも北側にいて、瀬戸内海側を向いているのですからね。それから、頭の真上にこと座のベガ(織女★)。となると、あれがわし座のアルタイル(牽牛★)。その間の天の川は月明かりのせいでまるで見えません。次は、白鳥座のデネブ。これで夏の大三角がそろいました。しばらくすると、白鳥座の十字形がぜんぶそろいました。隣に、小6のしっかりとした女の子を連れたお父さんがいて、あれこれとしゃべっています。少年自然の家とか何とか、そんなところに勤務していて、星のこともよく知っておられました。ただ、ちょっとしゃべり過ぎ(笑)。誰かに似ているなあと感じていて、家へ帰ったあと思い出しました。映画「天然コケッコー」に出てくる郵便局のあんちゃんのシゲちゃんだ。彼が、神楽を見ながら子供たちにぺらぺらぺらぺらと説明している。しかし、子供たちは誰も聞いておらず、どうでもいいと思っていて、そのうちみんな帰ってしまう…。

⑰【中秋の満月】みんな外でわいわいがやがやと夜空を見上げています。


 ちょっと前までは、寒かったらしいのですが、今日はそんなことはありません。南から温かい空気が入っています。上空には寒気があって、不安定な天気のはずですが、とにかく温かい。毛布一枚とお布団だけで、ぐっすりと眠りました。

 では、今日はここまでです。
  

2008年09月18日 Posted by Poppo at 10:56Comments(6)

はと/インド旅行⑩

 みなさん、こんばんは。ああ、悩んでいます。連休中は、台風は来ないけれども、天気はぐずつきそうですね。剣山、はるばると行くのだから、ぜひ一泊したい。しかし月曜日はまず間違いなく雨、しかも雷雨かもしれないとなると、2の足を踏みます。では、明日、日帰りで行くかー。橋代がもったいないなあ。往復でずいぶんとエネルギーを使うのに、日帰りとはつらい…。どうするか。まだ悩み中ですが、一応、どうなってもいい準備をして行くには行きます。
 さて、うんちくたらたらのインド旅行の話は、今日で終わりですよ。良かったね。長かったね。寂しくなるかも。また、思い出しては読み返してみて下さい。
忘れないうちに入れておきますが、インド旅行では、ヒンドゥーの神々は無視できない存在です。一度に全部をざっと予習するならここがいいです。
http://ganga-jal.com/hindu-god.html

 デリーでの観光地巡りです。
①【フマユーン廟】
 ムガール2代目皇帝フマユーンの墓です。彼は、敵国に首都デリーを奪われ、艱難辛苦の果てに奪還しますが、その直後、階段から転げ落ちておっちんでしまったことで有名です。彼の子が有名な3代目アクバルです。徳川将軍と同じように、2代目はいまいちのようですね。でも、その波乱に富んだ生涯のゆえに、こんな立派なお墓を作ってもらいました。実は、この墓がタージ・マハルの原型(多大なヒント)になったそうです。


②【正面から見る】
 ね、四隅の塔がなくて、ちょっと色が違うだけで、雰囲気はそっくりでしょう。四方からほぼ同じに見えます。どうもここが正面のようです。


③【側面から見る】
 側面、たぶん西になると思いますが、その方向から見たもの。②との違いは、噴水が出ている、出ていない、もありますが、廟内への入り口があるかないかです。②は正面が入り口です。③は入り口はないのでこちらからは入れません。


④【廟の内部】
 フマユーン廟は、入場料はいりません。世界遺産なのですが、訪れる人は少なくて静かです。ガイドさんによると、デートコースだとか…。タージ・マハルは内部に入れましたが、撮影禁止でした。内部の壁や天井は文様はめ込みの絵がある一面の大理石。そして柩棺は宝石だらけ。蒸し暑かったです。が、ここはごらんのようにガランとして誰もいません。蝙蝠がたくさんいました。涼しいですよ。


⑤【家族】
 静かですから、家族でも散策、ピクニックに来るのでしょう。とにかくタダですからね。世界遺産で無料で入場できるところは珍しいのじゃないですか?インドの人、とくに女性の年齢は外見からは分かりづらいです。この人は家族構成からすると、30代でしょうね、きっと。ふんふん、これが30代のお顔なのですね。


⑥【アツアツカップル】
 なんせデートコースですから、人のあまり踏み込まないところ、木陰などにちょこちょこといました。これはなかなか大胆なカップルです。そばを通る人達に、ちょっと笑われていましたね。でもうらやましがられていたのでしょうね。


⑦【りす】
 緑の多いインドの都会には、リスはどこにでもいました。ただなかなかいい写真が撮れなくてね。これは、りすのポーズは良くないですが、ふんいきはいいでしょう?そろそろ集合時間になりますから、この静かな落ち着いたお墓ともお別れです。


⑧【インド門】
 インドの大都市にはいくつかの「インド門」があります。凱旋門です。インド独立のときにインド人の兵士がたくさん亡くなりました。独立後、戦争相手だったイギリスが、戦死したインド人のために建てた、高さ42mの凱旋門です。このあたりは、紳士の国、イギリスの面目躍如たるものがありますね。本気で建てています。とても立派なものですよ。


⑨【インド門前の広場】
 中国は「天安門広場」、ここはインド門広場。道路はしばしば閉鎖されてお祭りやパレードがなされます。周りは緑の芝生が生えそろった公園です。日曜日は家族連れでごったがえすそうです。今度来るときは、このような公園をゆっくりと歩いてみたいものです。


⑩【レッド・フォート】
 「赤い砦」と呼ばれている城跡です。例のシャー・ジャハーンが作りました。きっとアグラ城を真似て作ったのだと思われます。赤砂岩を使った巨大な要塞です。世界遺産ですが、もうこの手の建物はうんざりされていると思いますので、これだけでいいですね?


⑪【パイナップル売り】
 これ、パイナップルを切って皿に入れて売っていますよね。ちゃんとつまようじみたいなものが刺さっています。食べてみたかったのですが、さすがにこれこそ「どんな水で洗ったか分からない」ので、見るだけでがまんしました。


⑫【ラージ・ガート】
 最後に訪れた場所、そう、このツアーはなかなか意趣深いツアーでした。私たちがインドを去る前、最後に訪れた場所は、インドでもっとも畏敬され今でも愛されている人物にゆかりの場所です。ここが、インド独立の父、マハトマ・ガンジーが凶弾に倒れたのち、荼毘に付された場所なのです。デリーとアグラを流れている川は、ヤムナー川といいますが、聖なる川ガンジスの支流です。ですから、彼の遺灰はここからヤムナー川に流されました。この場所は、きれいな公園になっています。そして、その聖地にはお参りして花を手向ける人があとを絶ちません。


⑬【インドの未来】
 ラージ・ガートの公園で、3人の兄弟が走って遊んでいました。身なりから、親はそれなりに収入があって、良い食事をして、病気のときは病院に行くこともでき、十分に教育も受けさせてもらっている子供達ですね。思えばガンジーの夢は、このようなインドの子供達の姿を見ることだったのかもしれません。そして、すべてのインドの子供達についてそうあるよう、彼は夢見たのでしょう。


⑭【最後の夕食】
 インドでの最後の夕食になりました。非常に食べやすい料理ばかり出たように思います。「ぽん酢」のビンが見えますね。あるおばちゃんが、海外旅行では、このぽん酢さえあれば、どんなものでも食べられると豪語していました。ためしにナンにつけてみたら、正解!おばちゃんの言うとおりでした。これからは私も見習おうと思います。まあ、私は現地に入っては現地に従え、で、どんなものでも気の持ちようでたいていおいしく食べてしまうのですが、本当に困ったら助けてもらうとします。私の横の方はうら若き乙女でしたので、写真を写すときに逃げてしまいました。別に逃げなくってもいいのにねー。


※インドの話で、あまりきれいではないので、今まで黙っていましたが、最後になってどうしても言っておきたいので、話しますね。
 その1。都会のりっぱな家やきれいなお店には(水洗)トイレがあります。ただし、紙はあまり使いません。これはマレーシアでも同様ですが、「左手」で直接ふいて、その手を洗うのです。よって、便器のそばに水のたっぷり入ったバケツとひしゃくが置いてあります。ひしゃくで水をすくって便器の上で手を洗う、これが正しいトイレの使用法です。それから、貧しいおうちには、水洗どころかトイレさえありません。で、どうするか。子供達はどこでもします。道端でよくやっていました。あまりいいものを食べているとは思えないのに、大量に出していました。そして、親が水の入ったバケツを持って、手を洗ってやるのです。大人はどうするのか。野原とか林の中へ、水の入ったペット・ボトルを持って入っていって、そこでするのです。中のいい夫婦とか恋人は、男が水持ちをしていっしょに森へ入って行きます。だってね、危ないもの。私がヘビを探しに、ちょっと林の中へ入っていったら、そういうカップルと出会って、あわてて引き返したことがあります。インドの本当の生活をしてみたくありませんか?ぶっちゃけた話、オイラは野ぐそはへっちゃらですよ。山男は野ぐその達人でないと勤まりません。 
 その2。
※これを書いている最中に、インド、ニューデリーでイスラム過激派の爆弾テロ発生で、20人が死亡、100人が負傷のニュースが入りました。あのインド門にも4つ爆弾が仕掛けてあって、警察が未然に察知、処理したそうです。うーん、なかなか熱くてすごい国だなあ。
 その2は、知っている人もいると思いますが、牛のうんこの話です。もう街中にたくさんの牛が徘徊しています。逆に牧場はほとんど見ません。牛は、街中で育っているみたいですよ。となると、あの大量の牛ぐそはどうなるのでしょうか。そのまま放っておく…。臭くて臭くて、しかも足の踏み場がなくなるでしょうね。実は、そのままのものはまずありません。いつの間にか無くなってしまいます。暑いから、菌類・細菌類という分解者の活動が超活発?ハエやファーブル昆虫記のフンころがしが食べてしまう?イノブタや野良犬が食べる?民間の特別清掃軍団がいる?聖なる牛のウンチだから、人々が宝物として家に持ち帰る?そうそれが限りなく正解に近い。実は、牛ぐそは優秀な燃料なのです。もちろん、そのままではだめですよ、いくら何でもー。切りワラを混ぜて、ハイ、手でこねて、ハイ、もっとこねて、まあるくまあるく最後にぺったんこー。で、巨大な牛ぐそモチの誕生。それを地べたに並べたり、家の壁に貼り付けて乾かします。それで出来上がり。自分の家で使ったり売ったりします。たいていの家が、保存用の小屋を作ったり、屋根の上に重ねたりして貯蔵しています。これぞ、エコですね。完全なリサイクル。このネタの写真をひたすらに狙ったのですが、いかんせん、バスの中なので、見えた、と思ったらもうあちら、ということで激写ならず、残念です。インドの貧困層の女性が燃料用に枯れ枝を集めている話をしましたね。人々は日々の燃料の確保に必死なのです。


さて、上海で乗り継ぎをします。しばらく暇だったので、空港から出て(中国に入国して)、リニアモーターカーに乗って、終点の龍陽路まで入ってきました。
①【リニアモーターカー】
 スカートについているのは傷ではありません。羽虫の死骸です。車にもたくさんつくでしょう。これも大分古くなりましたね。できたことのピカピカではなくなっています。安いですよ。片道50元、往復で80元だから、往復で1200円くらいかなあ?タクシーより絶対に安い。まあ、市バスにはかないませんが、この速さにしては格安です。


②【最高速度】
 これはずっと時速431kmが最高速度です。7分ちょっとの運転時間しかありませんから、この最高速度は1分も保てません。早めに速度を落とさないと止まれなくなりますから。安い割には、利用客が少ないのです。多分、市の中心部までは行かないからでしょうね。でも終点の龍陽路から地下鉄があるのに、いつもがらがら。もう1つの理由は、手荷物検査があったり、係員(エリート意識がある)が横柄なこともあるかもしれません。


③【中国名物】
 街を歩いていると、塀に標語がずらずらと書いてありました。これは中国ならではのものです。共同体、共産党の民衆教育の一環ですね。でも幼稚いのではないかと…。


④【何のことか分かりますね】
 思わず笑ってしまいます。こんなことまで市民教育しなければならない国ってねー。でも、ときどき日本でも親子げんかのネタになっている気がしますから、どこでも深刻な問題かもね。


⑤【再び空港へ】
 結局、お店で適当に夕食を食べただけで、また「磁浮」で空港まで帰ってきて、出国手続きを経て、中に入りました。


⑥【もうすぐ帰国】


⑦【いやあ、楽しかったなあ】
  

2008年09月14日 Posted by Poppo at 03:04Comments(2)

はと/インド旅行⑨

 みなさん、こんばんは。外はちょっとだけ雨が降っています。でも明日は晴れる様子。週末は、台風もとりあえずは影響はなさそうで、31年ぶりの剣山での展望と星空は期待できそうです。
 ところで、みなさんはマンガは読まないでしょうね?私もそれほどは読まないですが、ちょっと疲れたとき、何もしたくないとき、でも眠くないし、何かしようかなと思うとき、マンガはなかなか良いです。今、ずっと手元にあるのは、例の「大使閣下の料理人」あれから、ついに全25巻を買い揃えて、すでに1回は全部読みましたが、またちらほらと2回目に入りつつあります。あのマンガはいいですよ。文化庁のなんとかという賞を取っています。

 では、本論のインド旅行に行きます。タージ・マハルは良かったなあ。単なる美しい歴史的な建築物だけではなく、心に染み入る建物でした。命のある建物は確かにあるのでした。
①【朝焼けのタージ・マハル】
 という名目の朝駆けツアーに言って来ました。ただしガイドさんが、前もって、けっして過大な期待はしてはいけません、と釘を差していました。かつては、もっといい場所からいい方角から眺められたそうですが、今は違うのです。まず、場所はゴミ捨て場です。そして、方角もかなり裏からのものになります。そして、この時期はまだ湿気が多くて、朝日がもやの中に入っていて、すっきり昇らないから朝焼けにはならないのです。でも、望遠レンズで写せば、こういう調子ですから、まあまあですか。


②【ゴミ捨て場】
 ここに入るときに、ガイドさんが言いました。足元に気をつけて下さい。ウンコがありますから。ここをトイレにしている人もたくさんいます。だって!ゴミの中の踏み後を辿って、川岸まで来ました。おお、でかいウンコがいくつかあります。ハエがたかっていますね。目の前には、昨日のタージ・マハルの裏手の川につながる入り江があります。さて、この水はどんな水でしょうか?朝だから、写真を見てもはっきりとは分からないと思いますが、ドブ川です。あちこちでメタンの泡が浮き上がっています。その中を、何か大きな生き物が泳いでいるようなのですが分かりません。まかり間違っても、この中には落ちたくありません。昔の日本にも多くのドブ川があったでしょうが、ここはスケールが違います。ゴミ捨て場のゴミが次第に川の中に入っていっているのです。


③【振り返ると】
 ガイドさんが、(彼にもインドへのプライドがありますから)ゴミの少ないところへ連れて行ってくれて、昨日のアグラ城をバックに写真を撮ってくれました。回りには、数人の子供たちがいます。私たちが、入って来ると、どこからともなく現われてお金をせびっていました。今まではきっとフィリピンの子供と同じように、ゴミ捨て場から、ちょっとでもお金になりそうなものを漁っていたのでしょうね。


④【ガネーシャ】
 またホテルに帰って、朝食を食べて、出発です。今日は、デリーに帰ります。デリーから南西にニ百数十kmのところにジャイプール、そこから東にニ百数十kmでアグラ、さらに北西にニ百数十kmでデリーに戻ります。このホテルの入り口に象神ガネーシャがいました。お金儲けの神様でもあります。いつも足元にいるはずのネズミが見えません。残念。


⑤【賢こそうな少年】
 途中で、じっとこちらを見つめている少年に気付きました。トラックの荷台に乗っています。しっかりとした賢こそうな顔をしています。インドの算数を知っているのかなあ?


⑥【貨物列車と家】
 アグラの郊外に出て、デリーへの道を走ります。貨物列車がゆっくりと走っていました。線路脇に見えるのは、映画などでよく見る、終戦直後の日本のバラック長屋。でもインドではまだ現実なのです。


⑦【水たまり】
 水たまりが、ゴミ捨て場になっているようです。右側の箱は、もちろん一戸の住居です。上と下に扉が開くのですが、下の扉を受け止めるレンガを積み重ねた台がないですね。ひょっとしたら、「廃屋」かもしれません。その後ろに少年がいるでしょう?彼も、ゴミ捨て場漁りをやっているのです。


⑧【水たまりの向こう】
 雨季が終わったばかりなので、まだ水たまりが残っています。頭に布袋を乗せた女や男連れが向こうへ歩いています。向こうに何があるのでしょう?彼らはどこへ行くのでしょうか?


⑨【水田】
 乾燥地帯のジャイプールのあたりは、雨季が終わると、即、乾季で、水たまりはほとんど見かけませんでしたが、このあたりではよく見かけます。湿地が多いのでしょうね。したがって、稲作をやっています。インドのお米は、もちろん細長い、いわゆるタイ米ですよ。カレーで出てきますが、多少ぱさついているだけで何もまずくはなかったです。


⑩【大きな水たまり】
 これは大きな水たまりです。雨季には、道が完全に水没していただろうと想像されますね。雨季の生活が大変なことが分かります。


⑪【役所】
 以前も話しました州境の州税を徴収する役所です。右側に机が見えますか?左奥にベッドがあります。左の黄色いところは、ここの役人の住居兼倉庫のようです。役所の大事なものも入っているらしく、鍵がかかっていますね。さて、役人は今何をしているでしょう?「役所」にいません。私は撮っちゃいました。彼は立ちションをしに出かけたところです。


⑫【道路わきで】
 ドライブインで休憩ですが、外のほうが面白いので、ぶらぶらしています。おお、ここでも立ちション。すかさず一枚。インドは軽四がけっこう走っていますよ。日本のスズキが進出しています。インドの企業との間で合弁会社を作っています。アルトやワゴンRがよく売れているようです。国籍不明の軽四もたくさんいます。インド人もかっこをつけるらしく、TOYOTA Altoなんて、どこからかトヨタのエンブレムを仕入れてきて、アルトに貼り付けていました。日本でも、一時、族がマークⅡのフロントに、ベンツのフロントグリルを取り付けたりしていましたね。


⑬【出ました!】
 ばんと一発、写しました。インドのトラック野郎ですが、プレートは何でもかんでも貼り付けて、大うそもあるらしいです。TATA(インドの巨大財閥)なんて貼っていますが、本当のTATAのトラックはもっと立派でスマートです!ごたごたと飾ったりはしていません。近代的なのです。


⑭【のびのびー】
 バス旅行も今日で3日目、さすがに疲れました。背中が曲がります。のびのびーっと。後ろの草むらにヘビがいないかと棒切れでがさがさとやりましたが、何にも出てきませんでした。変なトゲだらけのナスみたいな実を見つけました。


⑮【ここも水たまり】
 田舎町なのですが、雨季の名残がしっかりと残っています。雨季のときは、どんなふうだったのでしょうね。想像したくない…。そうそう、タージ・マハルの朝焼けツアーで、雨季に行くとすごいんだって。ゴミ捨て場に一歩踏み込むと強烈な臭気が襲い、さらに足元はずぶずぶで、靴は泥だらけズボンも泥だらけ、きっとウンコも混ざっていただろうって。


⑯【クトゥブ・ミナール】
 インドのイスラム最古の建築群です。おそらく寺院が中心にあったのだと思われます。そして、ヒンドゥーも入り混じっています。そして最も有名な建築が、この戦勝記念の塔です。5層で、高さは72m。実際以上に高く見えるのは、先端に行くに連れて直径が小さくなっているからです。


⑰【中は空洞です】
 左下に人がいますから、それと比べると塔の巨大さが分かると思います。中は空洞で、螺旋階段がついていて、最上階まで登れますが、今は閉じられています。かつて大勢が登っていて、下るときに先頭がつまづいて後ろから押されてたくさん転がり落ちて数十人が死んだそうです。それ以後、入り口は封鎖されていてどこか分かりません。


⑱【イスラム最古の遺跡】
 記念塔は12世紀のものです。もちろん修復されて現在も立っているものです。建物で最も古いものは4世紀からのものがあります。この門もそれらの1つでしょう。粘土やタールで石を固めて作った門ですね。石も大きさはバラバラで、ただ積み重ねただけという感じです。


⑲【大きな木】
 遺跡が古いと生えている木も古いです。写真ではなかなか大きさが出ませんが、根元の直径は2mくらいはあったでしょうか。頭上をこんもりとおおって「暗い」と言ってもいいくらいの日陰を作り出していました。名前は分かりません。


⑳【複合建築】
 壁の石積みの構造が違いますね。4世紀から始まって、いろんな文化が入れ替わり立ち代わりして、建物をだんだんと大きくしていったようです。粘土で積みあげた石と石そのものをしっかりとかみ合わせた部分がはっきりと文化や技術の差を表しています。あちらこちらに文字が刻まれていますが、アラビア文字とヒンドゥー文字が混在しています。


21【現在も修復中】
 観光地ですから、古いものや崩れそうなものを中心に、現在もずっと修復作業が行われています。修復せずに、昔のままの方がいいと思われているものは、なにもせずに放置されている気がします。その姿勢はいいですね。


22【彫り物のはる柱】
 寺院の一部と思われる建物ですが、柱の彫り物は、イスラムでもないしヒンドゥーとも違うようです。しいて言えば、チベットっぽくないですか?ここは、いくつかの文化が融合した複合建築群ですからね。


23【未完成の塔】
 修復せずに放ってあるもの、そしてこれからも放置が望ましいものの筆頭がこれです。さっきの塔よりも一回り大きな塔になるはずでしたが、1層だけ作って止めています。表面の石がだいぶ崩れ落ちてぼろぼろですが、このままで残して欲しいですね。仏教の諸行無常を説く遺物のように思えます。



 さて、インド旅行もだいぶ終わりに近づいて来ました。明日で10回目になりますね。自分でも驚いています。それだけ奥の深かった旅行だったのでしょう。行く前はそんなにも思っていませんでしたが、さすがインド。インドははまるとなかなか抜けられないといいますね。納得です。ではまた明日お会いしましょう。  

2008年09月13日 Posted by Poppo at 02:43Comments(0)

はと/インド旅行⑧

 みなさん、こんばんは。いいニュースがあります。と言っても私たち自身のことではありません。残念でした。
 ご存知と思いますが、高速道路の料金が安くなります。たとえば、しまなみ海道は土日・祝の午前9時~午後5時は、半額になります。今までも割引はありましたが、30%OFFに留まっていました。そのほか、深夜割引も割引率が上がります。この10月からなのですが、先行実施してもかまわないので、9月20日とか16日とかから始まります。あ、もちろんETCでなければだめですよ。ううう、うれしい。思えば、こういう日が来ることを待ち望んで、ピカイチで早くETCを取り付けたのでした。ピカイチでつけたときは、ETCの機器になーんにも助成がなくってけっこう初期投資が高くて、ひょっとすると損をするのではないかと不安でしたが、まあ、ゲートを通過するときの優越感を買ったようなものでしたね(笑)。今ではもう昔の話になりましたが、それにしても待ちに待った良き話です。これで、四国に行きやすくなりました。昨今のガソリン高で遠出を渋っていましたが、またあちこちと行くことができます。
 しかし、残念なのは、剣山に行くのは、9月の14・15日、瀬戸中央道はまだなーんの割引きもありません。せめて山陽道の通勤割引でもうまく使ってちょっとでも安くあげるつもりです。

 では、インド旅行の続きです。うう、もう3時ですね。うー眠いでちゅ。でも頑張るでしゅ。
①【タージ・マハル】
 どんと一発目から、タージ・マハルです。いろんな本でよく写真を見ました。インドの象徴で、確かに美しい、うんうん、しかし、オイラには一生、縁はないよな、とずっと思っていました。しかし、とうとうやって来ました。思えば、よく来れたものだと思います。これを目の前にしたときに、しみじみ、自分の昔のことを思い出しました。仕事についていないのに、結婚させてくださいと、向こうの両親にお願いに行って、しばらくは10万円程度の借家暮らし。まり子さんは、薪でお風呂をたいていました。やがて子供が生まれて…。海外旅行などは夢のまた夢。だって、おいら、その頃は飛行機に乗ったこともなかったのです。変ですね。この大理石の建物がそんなことを思い出させるなんてね。


②【これが門です】
 振り返って、これが入場門です。ここから入って来て、どんどん前へ歩いて来て、①の写真を撮りました。そのまま後ろを振り向いたところです。日本からも遥かなインドにありますが、入場門からも遥かなところに位置しています。周囲の広大な敷地がすばらしいと思いました。


③【まあ水でも飲んで】
 どこをどう回ろうかとあたふたとしそうになったので、まあ水でも飲んでと、そして、見知らぬどっかの観光客に頼んでシャッターを押してもらいました。みなさん、興奮気味です。ツアーは嫌ですね。時間制限がある、もう集合時間間際になると泣きそうな顔をしながら、必死でもとの場所に戻らなければなりません。なさけねえー。


④【人がおもしろい】
 大勢の人がいます。外国人は意外と少ないです。ほとんどがインド人のように見えますが、どうでしょう?建築物もいいですが、人間を見ていると飽きないですね。


⑤【路面の模様】
 路面の模様がおもしろいので、撮ろうとしたら、どうしても人が入ってしまします。立派なサリーを身にまとったインドの女性3人です。


⑥【静かな姿】
 タージ・マハルは、城や宮殿ではなく、廟すなわちお墓ですから、いくら巨大で豪奢に作っても、どこか寂しげなところがあります。死んだ者を愛すれば愛するほど、寂しい。昨日、お話したように、シャー・ジャハーン帝は、浪費家であまり良い皇帝ではなかったようですが、心の深い人間だったようです。この廟は、よく見ればやはり静かで寂しい建物です。


⑦【廟の台座にて】
 廟に入るには、靴を脱ぎます。階段を上ると、広い広い台座があり、四方に塔が立っています。その台座の縁をぐるりと回ることにしました。家族で写真を撮っていますね。


⑧【裏は川です】
 インドにしては、わりときれいな水が流れている川です。午前中のアグラ城は、この上流にあります。そこから、ここを遠望したわけです。そして、この川に遺骨を流すのです。


⑨【沐浴場】
 廟の裏の川岸には、沐浴場がいくつかあります。この時間帯は、沐浴ではなく、子供たちが元気に泳いでいます。いいですねえ、気持ちよさそうで。ツアーでなかったら、オイラ、きっといっしょに泳いでいるよ。船が浮かんでいるので、ひょっとして骨を流しているのじゃないかな?


⑩【猿、発見!】
 お、何か柵の後ろを走っている。おお、猿だ。すかさず先回りして、パシャッ。表側は下まで5mくらいですが、裏側は10mくらいあるんですよ。さすが猿。こなれた身のこなしですね。ニホンザルにそっくりでししょう?街中のあちこちにいる猿も、このタイプのやつです。


⑪【休憩】
 みなさん、休んでいますね。おしゃべりをしています。樹木の生えそろった公園に囲まれていて、いい雰囲気です。実際は、人がわやわやといるのですが、あまりうるさくありません。空中に向けては何もありませんから、人の出す雑音はすべて空に逃げていって、静かな雰囲気が漂っています。


⑫【荘厳というか…】
 ね、やっぱりお墓でしょう?私は、若くしてこの世を去った美しき王妃と、彼女を思うシャー・ジャハン帝、そして彼の悲劇を考えると、このタージ・マハルが静かで悲しい建物に思えて仕方がなかったので、がんばって、そのように見えるアングルを探しました。⑥の写真もそのうちの1つです。でも、最後頃になって、実はこうやって正面から写せばいいことが分かったのです。傾きかけた太陽の光が横になって、正面は陰っています。人々の様子はまるで誰かの死を悼むために集まっているように見えます。やったね!


⑬【鳥もいますよ】
 インドは、街中にいっぱいいろんな動物がふつうにいます。そして、鳥もいるんですよ。これは、オウムの仲間だと思います。インコかな?小さな鳥ではなく、鳩くらいの大きさの何種類もの鳥が、木に群れています。


⑭【草を運ぶ女】
 さて、観光時間が終了して、外に出ました。頭にものを乗せて運ぶ女の人を見ると、どうしても写してしまいます。人間の生きる姿そのものに見えるからです。人は、こうやって重荷を背負って歩かねばなりません。しかし、できることなら、彼女のように背筋を伸ばしてまっすぐ前を向いて歩きたい。


⑮【エンジン付きリキショー】
 これはこぎれいなリキショーが並んでいます。会社なんですね。こうなるとタクシーと言ってもかまわないでしょう。リキショーは個人タクシーが基本だと思っていましたが、会社組織のものもあるようです。さすがによく整備されているようです。強引な客引きもしていないし(笑)。


⑯【大理石工場】
 またショッピングのお付き合いです。タージ・マハルは大理石でできています。したがって、この直後に大理石細工を見せると、飛ぶように売れる、という魂胆でしょうが、そんなもん、いらんわ。しっかし、世の中には、いるんですねー、買う人が。しかも応接間のテーブル(総大理石造り)を買いよった。ん十万円もする、というか、そんなに欲しいか、これが?????と大いに疑問なのですが、世の中は分からんですね。


⑰【シバちゃん】
 どうせなら、オイラ、このシバちゃんを買うよ、と言ったら、売り物ではないらしい。その後ろのテーブルは売り物ですが、何百万円もするらしい。⑯で、細工師が細かい作業を懸命にやっていました。そう、金箔や、色ガラスや宝石などを大理石に埋め込んであるのです。こんなものこそ、誰も買いそうにないから、こうやって、シバ神の後ろに無造作に置いてあるのでしょうね。シバ神って、いちばん偉い神様なのですが、実はこのようなお人よしの顔をしているようです。破壊と創造をかわりばんこにやる神様です。怖いのは、カーリー神ですね。生首を手に持って、口にくわえていることもあり、十数個の生首で作った首輪をしていて、刀を振り回しながら狂ったように踊っている神様。でも、分かりやすいので、超人気らしいです。日本のナマハゲ人気のようなもの?違う気がする…。


はい、もう4時を回りました。寝ないと明日の仕事に差し支えますので、どなた様もお休みなさいませ。こうやって遅くまでやってもね、朝になると、まり子さんが、非情にも起こすのです。とほほ。
  

2008年09月12日 Posted by Poppo at