はと/なぜ伊東静雄?

 なぜ、伊東静雄なのか。話が前後しますが…
 私は、思うところあって、1993~1995の間、広島大学文学部の国語国文学科に籍を置いていました。働きながらの勉学と研究でしたが、この仕事は夕方からなので、午前中と午後は何とかなったので、会社に無理を言って通学していました。ただ1996年から仕事がどうしても回らなくなり(日本経済が不景気に突入)、また、研究も人の集まる夜でないと燃えない(文学は夜に語るものですね)ことになり、ただいま長期中断中です。その間、いろいろと読み語り調べそして書きつらねたものが少々あります。そのつたない最初のもの、未完ですが、しかし今でもいちばん気になっているもの、それが伊東静雄です。そもそも私が、また大学へ「遊びに行く」そんなことをするようになったきっかけの一つが、伊東静雄でした。
 今、このブログにそれを再掲(私のホームページより)していって、再度、何人かの人といっしょに味わい考えて行きたいと思いました。この中にはそういう人たちがいる!とそう判断したからです(笑)。それとね、これって使い回しなので、更新の困ったときの奥の手になるでしょ?とまあ、正直者は損をするポッポの昔の独り言に多少付き合ってくだされば、幸甚です。以下は、ホームページからの再掲です。
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伊東静雄の数編の詩の素朴な感想と解釈
 彼の有名な詩と自分の目に留まった詩を数編、折々に選んでそれらの感想と解釈を記していきます。その際、対象が詩ですから、まず素朴で直感的な感想を大事にしたいと思います。また、さまざまな文献による先入観にはまらない状態で、自分の、そして自分との関連における解釈を施しておきたいと考えました。そして、しいて切り口を一定にすることもしないようにしました。当然、それぞれの詩が連関する場合もあれば、対象としたもの以外の詩に言及することはあります。また、年表等により、背後の事実関係からの詩作への影響も考慮しました。
 後々は、十数編の詩の解釈をまとめ上げるつもりですが、その過程において、さまざまな仮説を実証していき、伊東静雄の詩の魅力をいくつかの側面から体系化していきたいと思います。側面とは、詩の情感、構造、思想、音声感覚、表記、背景、等です。ここでは、伊東静雄の人間像をも追求してゆかざるを得なくなるでしょう。彼の生活に関する年表、その他の資料を読み解いたりします。
 そして、最小の目標である、冒頭の詩「晴れた日に」の解明を試みるつもりです。
 またいずれ、先行論文等を調査して、比較考察を行ってみることも考えています。この場合、論者が、詩人であるか、散文をもっぱらにする人であるか、文学研究者であるか、という差異は、重大だと考えられます。
〔参考〕
 伊東静雄の詩の発表は、断片的には、同人誌 『コギト』(コギト発行所)によるものが特に多い。
(※コギト=cogito=思う ※コギト エルゴ スム=cogito ergo sum=我思う、故に我あり)
 生前の彼の編による詩集は次の四つ。
  詩集 『わがひとに与ふる哀歌』 (コギト発行所 1935年)
  詩集 『夏花』 (子文書房 1940年)
  詩集 『春のいそぎ』 (弘文堂書房 1943年)
  詩集 『反響』 (創元社 1947年)
〔使用テキスト〕
 『伊東静雄詩集』杉本秀太郎編 岩波文庫
 (底本は『伊東静雄詩集』創元社1053年)



2007年08月08日 Posted byPoppo at 11:37 │Comments(13)

この記事へのコメント
ポッポさんは確か数学科だったでしたよね?。線形代数の問題を解いてもらって、そのまま提出したら、素晴らしい発想の解き方ですねって偉く誉められた記憶があります。その前は文学部だったとは知りませんでした。ヨッチンさんやBUNさんには頭が下がる思いです。子供の住んでいる所は大阪の中では教育環境は、まだましな地区と云われていますが、私達の子供の頃とは随分変わって大変ですね。実は大学2年、高校1年の息子と中学1年の双子の子供がいるので、親の立場としても結構大変ですが、先生はさらに、色々と大変だと思います。本当に、頑張り過ぎ無いで、頑張って下さいね。話しは変わって、転勤で、長崎にも5年半程住んでいました。8月9日の原爆投下時間にはあちこちからサイレンが鳴り、皆で黙祷をしておりました。勿論、私も黙祷をしておりました。ラジオで毎週被爆された方の体験談を放送する時間がありました。被爆した樟の木(楠の木)が復活しているのも見に行きました。科学を越えた生命力を感じました。ポッポさんの内容とリンクしてなくてすみません。先日の皿ヶ嶺再びは書き込みが多くて、携帯では容量不足でフラストレーションが溜りかけたので?ちょっと書き込みしてみました。
Posted by Yaすべエ at 2007年08月09日 00:06
そう云えば忘れていましたが、蝉のBGM入りの歌う会のCD送って下さい。CDプレーヤーが最近潰れましたが、DVDのデッキで聴けるので、お願いします!
Posted by Yaすべエ at 2007年08月09日 00:50
 Yaすベエ、ごめん。記事中の年代は間違って書いていたんだ。ガイチ君に指摘されて訂正しておいた。広大へ行ったのは、今の仕事をしている時だよ。10年とちょっと前のことだよ。
 うおっ、何かぐっとくる話が出てきた。線形代数の問題!誉められたって!?そうだ、そうだ、おいらは数学科だったんだ。ちょびっと哀しいことを思い出したよ。一つの夢のためには、捨てた夢もあったなあ。数学とはある意味で発想の学問だから、おもしろかったなあ。同じはとの仲間で、同じ学科の同級生のオケイは何をしているだろう。もし愛媛にいるなら、このブログを見かけることがあって欲しい。同じ同級生の**君はヨッコの夫君だから心配はいらないね(何の?)。そうそう、ヨッコ、彼ににオケイの消息を尋ねてみてください。同窓会名簿かなにかあるかも知れない。
 Yaすベエ殿、へい心得た、明日速攻でお送りしやしょう。
Posted by Poppo at 2007年08月09日 01:47
彼は 昔の事を 覚えておくキャパが ないのです。  ---うそーー

過ぎ去った事にたいしてかなりの 衝撃を受けていない限り 存在は 不可能と思われます。
 良くいえば 前向き?-----だったよねー と聞いた時 きょとんとしているほうが 多いです。病気? でもなさそうです。
  今 考えなければならない事が おおすぎるのだそうです。
                 余談でした。     yo.
Posted by yokko at 2007年08月09日 14:56
そういえば、ポッポは数学科だったよね。
京大の数学者、加藤和也って知っている?
世界的にも有名になったけど、高校の時の友だちだったんだよね。
東大に行ってからも、なぜか手紙のやりとりもありました。

同じ松前の出身です。小学校は、うちの嫁さんの先輩になります。
ウィキペディア(Wikipedia)では、和歌山出身となっていますが、
伊予郡松前町出身です。

日本学士院日本学士院賞・恩賜賞:整数論・数論幾何学の研究
で、天皇から表彰されているニュースを見て懐かしく思ったものです。
Posted by gaichi at 2007年08月10日 03:22
加藤和也
1952年和歌山県生まれ愛媛県育ちでした。

お父さんが裁判官だったので、転勤で和歌山にいたときに生まれたようです。
私が知っているお父さんは、松山地裁の裁判長でしたが・・
Posted by gaichi at 2007年08月10日 03:28
gaichiさん。
夜遅く(朝早く)、ブログに書き込むのは孤独ですよね。
でも大丈夫、タクアンもいますから。。
加藤和也は美空ひばりの一人息子でもあります。
とにかく、よくわからん人、です。
Posted by takuan at 2007年08月10日 03:50
タクアン、美空ひばりの加藤和也は、別人です。
数学者の方の、加藤和也です。ウィキペディア(Wikipedia)で見てください。

タクアン、以前に私を「伝説の人」と言ったでしょう?
そしたら、私の先輩は?と聞くと、神話の人と言ったのではないかな?

タクアン、13日にはこれますか?どこの住んでいるんだい。
そろそろ、ポッポではないけど、正体を明かしませんか?

眠れぬ、gaichiより
Posted by gaichi at 2007年08月10日 03:57
gaichiさん。
夜遅く(朝早く)、ブログに書き込むのは孤独ですよね。
でも大丈夫、タクアンもいますから。。
加藤和也は美空ひばりの一人息子でもあります。
とにかく、よくわからん人、です。
Posted by takuan at 2007年08月10日 04:18
すいません。書き込みが重複してしまいました。
(同じ事の言いたがりでは、ありません。)

13日すいません。どうしても体は行けません。
魂だけ飛んで行きますのでよろしくお願い致します。
Posted by takuan at 2007年08月10日 04:25
魂だけ受け取りましょう。次の機会には、来てください。
Posted by gaichi at 2007年08月10日 05:46
タクアンさん ナイス ボケです。 私には受けましたよ。
  ごめんなさいね 面識もないのに。 
  数学者?  普通の人はしりませんよね!!
  すつれいしました。 ガイチ さん。    yo.
Posted by yokko at 2007年08月10日 09:46
ガイチさん、ヨッコさんへ、 Wikipediaにはひばりプロダクションの加藤和也さんも掲載されていますわ。
”マネーの虎” 以外ではひばり関連しかTVへの出番もなく、それでも仕事せずに生きていけるって、こっちもやっぱり数学的な計算をしてるんでしょうね。
まじめな学者 と ふまじめな色もの、すっごい差ですね。
詩人伊東静雄さんも含めてこのおさんかたは、両極端。。
Posted by takuan at 2007年08月10日 10:23
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