はと/5月6日
みなさん、こんばんは。
金曜日は、仕事場での一泊研修会があって、福山市鞆ノ浦のシーサイドホテルで、分科会・全体会・夕食会・懇親会とあって、お疲れモード満載でした。
そのまま、仕事場に直行で居眠り1時間して、通常の仕事をしました。夜、夕食後,鞆の町を散策しました。今ちょうど坊っちゃん劇場では、「龍馬!」をやっていますが、ここ鞆ノ浦の沖合いで、いろは丸は沈没したのです。何年か前に、船内の品物がいくらか引き上げられて、現在すべて鞆のいろは丸展示館に収められています。それから紀州藩との談判の一部も、鞆ノ浦で行われており、当時、談判があった家、紀州藩が泊まった寺、龍馬と海援隊が泊まった家も現存しています。とか何とかで、鞆ノ浦は、龍馬とはけっこう縁の深い土地ではあります。
話は変わって、5月6日の九州の登山最終日です。大分の三重町から国道324号、通称日向街道を南進し、途中から超山越えの林道を走ります。平地なら延岡まで下ってまた別の谷筋を上り返すので大変な道のりになるからです。それが、入り口を間違えるやら、途中が土砂崩れやトンネル工事で通行止めになっていたりで、薄暗くなってきた林道、これがまた枝分かれしていて難しいのです。うろうろして上がったり下がったりで、とうとうワンデリング(道に迷って知らないうちに元の場所に戻ってしまうこと)さえやらかす始末。まあ何とかなりましたが、収穫がありました。鹿たちに2回も出会ったことです。去年も違う道で出会いました。九州では、鹿は珍しくなく害獣ですが、でも出会うことはそうたびたびあることではありません。
①【大広間の色紙のごく一部】
たどり着いたお宿は「大崩の茶屋」といいます。祝子川(ほうりがわ)山岳会の石本さん夫妻がやっておられます。この山好きのお二人の人柄に魅せられて、この民宿には多くのファンがいるみたいです。その証拠に、大部屋の壁一面に色紙が無数に張られています。

②【登山口から大崩山荘までの登山道で咲いていた三つ葉つつじ】
朝食を頂いたあと、出発しました。登山口は林道を4kmくらい車で進んだところです。今日は天気がいいので、大勢押しかけるでしょう。早く行かないと車を止めるのに苦労しそうです。

③【その三つ葉つつじの場所から見えた大崩山の核心部】
大崩山は、標高1643m、登山口は標高620m、ただし山頂は見通しが悪いので今回は割愛して、リンドウの丘経由で周回します。標高差はだいたい950mくらいでしょう。
写真で分かる(?)ように、全体が白っぽい花崗岩で岩塊でできた山です。写真の左から、坊主尾根(ピークが象岩、途中に米塚があります。)、中央が、小積(こづみ)ダキ(タキというのは、漢字は岳or滝?地元の言葉で、断崖絶壁の岩山のことです。)、右側が湧塚(わくづか)尾根(上から、上湧塚、中湧塚、下湧塚、袖タキとありますが、今見えているのは、下から袖タキ、下湧塚、中湧塚です。)
今日は、登りは湧塚尾根の岩尾根を、順に登って行き、上湧塚からトラバース(横に移動)して、リンドウの丘(見晴らし抜群のテラス=出っ張り)を回って、小積ダキの先端ピークに寄り道した後、象岩から坊主尾根をどすこいどすこいと下りていきます。

④【小積ダキと坊主尾根】
何となくトトロに似た小積ダキ、メタボ気味だけども、昨年の台風の大雨のとき、北側の岩壁がだいぶはがれて落ちたらしい。坊主尾根は名前の通り、丸い巨岩が積み重なった勾配のきつい尾根です。ハシゴだらけです。

⑤【まずこの橋を渡る】
下の川は、よく増水します。来るたびに、橋が違っている。流されたら架け替える、修理する、さらに渡渉点も移動している。

⑥【ツガ】
南の森林なので、針葉樹のツガや松と広葉樹のブナやナラが混在しています。

⑦【袖タキから見上げた下湧塚】
ここに来るまでの2時間くらいの重力との競争はおいといて、さて、最初の展望所の袖タキに着きました。ここまで登りつかないと全く展望はありません。絶壁の上ですが、正面に小積ダキ、上に下湧塚が見えます。よく写真で紹介されるアングルです。

⑧【正面の小積ダキ】
例のトトロのお腹が目の前に見えますから、ずいぶんと登って来ているのが分かるでしょう。この絶壁の高さは、いちばん大げさに測ると400mあります。そして、ここにも美女、アケボノツツジがたたずんでいますねー。

⑨【下湧塚とアケボノツツジ】
これもよく見られるタイプの写真です。下湧塚の後ろの部分は、くっついて見えますが、中湧塚です。後ろにもう1つ出っ張りがあるでしょう。

⑩⑪【ハイな気分のわたしです。】
後ろはもちろん絶壁。こういう所が嫌いな人は這いつくばっています。


⑫【山中のアケボノツツジ】
ずっと岩尾根歩きではなくて、ときどき山中をトラバースします。もちろんそこにもアケボノツツジが咲き乱れています。これもなかなかいい感じです。

⑬【下湧塚のピーク】
ちょっとした岩の上によじのぼると、風景が少しずつ変わってゆくのが楽しめます。このまま岩の足元をすり抜けながら、下湧塚のピークまで登ります。

⑭【下湧塚にて】
中湧塚へ続く道です。岩の上なのですが、そうは見えませんね。

⑮【袖タキを見下ろす】
さきほどいた袖タキを見下ろします。岩尾根歩きはおもしろいですよ。

⑮【ここでもシャクナゲ】
少し日陰の山中に入ると、シャクナゲが咲いています。ここは群生していました。

⑯【七日廻りの岩】
途中、中湧塚の岩峰群、そして上湧塚の岩峰群があって、少しだけ怖い思いをしながら、どれもピークに立って楽しみましたが、写真を載せると切りがないので、割愛します。これは上湧塚のピークからでないと見ることができない、めずらしい岩の山、七日廻りの岩です。名前から、回りを一周するのに七日かかるという意味でしょうが、昔登山道がないころでも七時間もあれば一周できたでしょうね。山岳仏教の修業場の1つです。

⑰【リンドウの丘】
私が立っている場所ではありません。背景の山腹にテラスがあるのが見えると思います。大勢がお弁当を食べているようです。今、私が立っているのは、上湧塚のピークです。時間は12時だったかな。写真を撮りながらゆっくりと登りました。

⑱【中湧塚】
途中、すっ飛ばして、今すでにリンドウの丘にいます。深ーい小積谷を隔てた向かい側に湧塚尾根があります。そして、これが中湧塚の岩峰群です。花崗岩の岩盤が一定の方向にずらされながら盛り上がった様子がわかります。

⑲【小積ダキの尾根の途中で】
ただいま、小積ダキ、すなわちトトロの後ろの首筋あたりをうろちょろしています。リンドウの丘からは少し下っています。写真の右側が中湧塚の岩峰群、左奥が上湧塚の岩峰群です。

⑳【象岩の上】
いよいよ、坊主尾根を下ります。その最上部にある象岩の上で遊んでいます。このグループと仲良くなりました。右の方がマシュマロをくれた「マシュマロおばさん」です。スリムで元気がいいし、気分も若い。

(21)【下に見えるのが祝子川の集落】
乾いた花崗岩はゴム底との相性が抜群でフリクション(摩擦力)がよく効きます。バランス感覚さえよければ、けっこう冒険ができます。ここからの下りが急でけっこうつらい。しかもあの下まで下りるのだから、まだまだですー。

(22)【象岩直下のトラバース】
左下はスパッと切れて下まで落ちているので、緊張しますが、ワイヤが張ってあるし、よく踏まれているので安全です。でも、マシュマロおばさんは腰を抜かしていますねー。

(23)【谷間のシャクナゲ】
谷に落ちるような場所に咲き誇っているシャクナゲ。

(24)【河原】
とかなんとか言ったりやったりしているうちに、下まで辿りつきました。どんなにつらくても「終わらない下山道はない」のです。この渡渉点は、忍法「水走り」で通過します。マシュマロおばさんには、マシュマロのお礼にお手手つないであげました。

(25)【美人湯】
下山後の最大の楽しみは、そりゃもう温泉です。逆に言うと、温泉場のある位置を確かめてから登山ルートを決めます。そうだそうだ、おいら車を新調したんだ。退職金がいくらか入ったのでね。ワインレッドのトヨタVOXYだよ。CVT(無段階変速機)エンジンなので、現在、平均燃費はリッター当たり15.5kmで走っています。仲良くなったマシュマロおばさんたちのグループは、来年のこの時期は、傾山~祖母山の縦走をするそうです。縁ならば再会できるかもかも~ということでしたが、おいら来年は東北の山へ行きたいよ。

この後は、帰郷です。フェリーの予約は、明日の朝7時の便だけれども、できれば今日のうちに帰りたい。フェリー会社へ電話してみたら、案の定、今晩遅くの便はキャンセルが出るから、きっと乗れますとの返事。そしてその通りで、佐賀関を9時発のフェリーで九州とお別れをしました。そのあと、197号線(メロディーライン)を八幡浜まで、そして大洲、お金がないから、56号線をそのまま北上、松山からさすがに疲れて高速の松山道に入り、今治湯ノ浦で下りて、道の駅で仮眠、さらにしまなみ海道を渡って、家に帰り着いたのは3時になっていました。
「大崩の茶屋」は楽しい民宿です。気に入った人がたくさんいます。私も大好きです。オーナーの石本のおばちゃんがいい人なんです。「大崩の茶屋」のブログや「祝子川山岳会」のHPはあるにはあるのですが、友人に作ってもらっています。それがどうももどかしいので、今度自分でやりたいという意向を聞きました。それで、私がパソコンの寄付を申し出て、快く受け取って頂きました。ただいまキーボードの練習中だそうです。速ければ7月には、烈子さん自身の手になるブログが読めるかもしれません。
それではまたです。
金曜日は、仕事場での一泊研修会があって、福山市鞆ノ浦のシーサイドホテルで、分科会・全体会・夕食会・懇親会とあって、お疲れモード満載でした。
そのまま、仕事場に直行で居眠り1時間して、通常の仕事をしました。夜、夕食後,鞆の町を散策しました。今ちょうど坊っちゃん劇場では、「龍馬!」をやっていますが、ここ鞆ノ浦の沖合いで、いろは丸は沈没したのです。何年か前に、船内の品物がいくらか引き上げられて、現在すべて鞆のいろは丸展示館に収められています。それから紀州藩との談判の一部も、鞆ノ浦で行われており、当時、談判があった家、紀州藩が泊まった寺、龍馬と海援隊が泊まった家も現存しています。とか何とかで、鞆ノ浦は、龍馬とはけっこう縁の深い土地ではあります。
話は変わって、5月6日の九州の登山最終日です。大分の三重町から国道324号、通称日向街道を南進し、途中から超山越えの林道を走ります。平地なら延岡まで下ってまた別の谷筋を上り返すので大変な道のりになるからです。それが、入り口を間違えるやら、途中が土砂崩れやトンネル工事で通行止めになっていたりで、薄暗くなってきた林道、これがまた枝分かれしていて難しいのです。うろうろして上がったり下がったりで、とうとうワンデリング(道に迷って知らないうちに元の場所に戻ってしまうこと)さえやらかす始末。まあ何とかなりましたが、収穫がありました。鹿たちに2回も出会ったことです。去年も違う道で出会いました。九州では、鹿は珍しくなく害獣ですが、でも出会うことはそうたびたびあることではありません。
①【大広間の色紙のごく一部】
たどり着いたお宿は「大崩の茶屋」といいます。祝子川(ほうりがわ)山岳会の石本さん夫妻がやっておられます。この山好きのお二人の人柄に魅せられて、この民宿には多くのファンがいるみたいです。その証拠に、大部屋の壁一面に色紙が無数に張られています。

②【登山口から大崩山荘までの登山道で咲いていた三つ葉つつじ】
朝食を頂いたあと、出発しました。登山口は林道を4kmくらい車で進んだところです。今日は天気がいいので、大勢押しかけるでしょう。早く行かないと車を止めるのに苦労しそうです。

③【その三つ葉つつじの場所から見えた大崩山の核心部】
大崩山は、標高1643m、登山口は標高620m、ただし山頂は見通しが悪いので今回は割愛して、リンドウの丘経由で周回します。標高差はだいたい950mくらいでしょう。
写真で分かる(?)ように、全体が白っぽい花崗岩で岩塊でできた山です。写真の左から、坊主尾根(ピークが象岩、途中に米塚があります。)、中央が、小積(こづみ)ダキ(タキというのは、漢字は岳or滝?地元の言葉で、断崖絶壁の岩山のことです。)、右側が湧塚(わくづか)尾根(上から、上湧塚、中湧塚、下湧塚、袖タキとありますが、今見えているのは、下から袖タキ、下湧塚、中湧塚です。)
今日は、登りは湧塚尾根の岩尾根を、順に登って行き、上湧塚からトラバース(横に移動)して、リンドウの丘(見晴らし抜群のテラス=出っ張り)を回って、小積ダキの先端ピークに寄り道した後、象岩から坊主尾根をどすこいどすこいと下りていきます。

④【小積ダキと坊主尾根】
何となくトトロに似た小積ダキ、メタボ気味だけども、昨年の台風の大雨のとき、北側の岩壁がだいぶはがれて落ちたらしい。坊主尾根は名前の通り、丸い巨岩が積み重なった勾配のきつい尾根です。ハシゴだらけです。

⑤【まずこの橋を渡る】
下の川は、よく増水します。来るたびに、橋が違っている。流されたら架け替える、修理する、さらに渡渉点も移動している。

⑥【ツガ】
南の森林なので、針葉樹のツガや松と広葉樹のブナやナラが混在しています。

⑦【袖タキから見上げた下湧塚】
ここに来るまでの2時間くらいの重力との競争はおいといて、さて、最初の展望所の袖タキに着きました。ここまで登りつかないと全く展望はありません。絶壁の上ですが、正面に小積ダキ、上に下湧塚が見えます。よく写真で紹介されるアングルです。

⑧【正面の小積ダキ】
例のトトロのお腹が目の前に見えますから、ずいぶんと登って来ているのが分かるでしょう。この絶壁の高さは、いちばん大げさに測ると400mあります。そして、ここにも美女、アケボノツツジがたたずんでいますねー。

⑨【下湧塚とアケボノツツジ】
これもよく見られるタイプの写真です。下湧塚の後ろの部分は、くっついて見えますが、中湧塚です。後ろにもう1つ出っ張りがあるでしょう。

⑩⑪【ハイな気分のわたしです。】
後ろはもちろん絶壁。こういう所が嫌いな人は這いつくばっています。


⑫【山中のアケボノツツジ】
ずっと岩尾根歩きではなくて、ときどき山中をトラバースします。もちろんそこにもアケボノツツジが咲き乱れています。これもなかなかいい感じです。

⑬【下湧塚のピーク】
ちょっとした岩の上によじのぼると、風景が少しずつ変わってゆくのが楽しめます。このまま岩の足元をすり抜けながら、下湧塚のピークまで登ります。

⑭【下湧塚にて】
中湧塚へ続く道です。岩の上なのですが、そうは見えませんね。

⑮【袖タキを見下ろす】
さきほどいた袖タキを見下ろします。岩尾根歩きはおもしろいですよ。

⑮【ここでもシャクナゲ】
少し日陰の山中に入ると、シャクナゲが咲いています。ここは群生していました。

⑯【七日廻りの岩】
途中、中湧塚の岩峰群、そして上湧塚の岩峰群があって、少しだけ怖い思いをしながら、どれもピークに立って楽しみましたが、写真を載せると切りがないので、割愛します。これは上湧塚のピークからでないと見ることができない、めずらしい岩の山、七日廻りの岩です。名前から、回りを一周するのに七日かかるという意味でしょうが、昔登山道がないころでも七時間もあれば一周できたでしょうね。山岳仏教の修業場の1つです。

⑰【リンドウの丘】
私が立っている場所ではありません。背景の山腹にテラスがあるのが見えると思います。大勢がお弁当を食べているようです。今、私が立っているのは、上湧塚のピークです。時間は12時だったかな。写真を撮りながらゆっくりと登りました。

⑱【中湧塚】
途中、すっ飛ばして、今すでにリンドウの丘にいます。深ーい小積谷を隔てた向かい側に湧塚尾根があります。そして、これが中湧塚の岩峰群です。花崗岩の岩盤が一定の方向にずらされながら盛り上がった様子がわかります。

⑲【小積ダキの尾根の途中で】
ただいま、小積ダキ、すなわちトトロの後ろの首筋あたりをうろちょろしています。リンドウの丘からは少し下っています。写真の右側が中湧塚の岩峰群、左奥が上湧塚の岩峰群です。

⑳【象岩の上】
いよいよ、坊主尾根を下ります。その最上部にある象岩の上で遊んでいます。このグループと仲良くなりました。右の方がマシュマロをくれた「マシュマロおばさん」です。スリムで元気がいいし、気分も若い。

(21)【下に見えるのが祝子川の集落】
乾いた花崗岩はゴム底との相性が抜群でフリクション(摩擦力)がよく効きます。バランス感覚さえよければ、けっこう冒険ができます。ここからの下りが急でけっこうつらい。しかもあの下まで下りるのだから、まだまだですー。

(22)【象岩直下のトラバース】
左下はスパッと切れて下まで落ちているので、緊張しますが、ワイヤが張ってあるし、よく踏まれているので安全です。でも、マシュマロおばさんは腰を抜かしていますねー。

(23)【谷間のシャクナゲ】
谷に落ちるような場所に咲き誇っているシャクナゲ。

(24)【河原】
とかなんとか言ったりやったりしているうちに、下まで辿りつきました。どんなにつらくても「終わらない下山道はない」のです。この渡渉点は、忍法「水走り」で通過します。マシュマロおばさんには、マシュマロのお礼にお手手つないであげました。

(25)【美人湯】
下山後の最大の楽しみは、そりゃもう温泉です。逆に言うと、温泉場のある位置を確かめてから登山ルートを決めます。そうだそうだ、おいら車を新調したんだ。退職金がいくらか入ったのでね。ワインレッドのトヨタVOXYだよ。CVT(無段階変速機)エンジンなので、現在、平均燃費はリッター当たり15.5kmで走っています。仲良くなったマシュマロおばさんたちのグループは、来年のこの時期は、傾山~祖母山の縦走をするそうです。縁ならば再会できるかもかも~ということでしたが、おいら来年は東北の山へ行きたいよ。

この後は、帰郷です。フェリーの予約は、明日の朝7時の便だけれども、できれば今日のうちに帰りたい。フェリー会社へ電話してみたら、案の定、今晩遅くの便はキャンセルが出るから、きっと乗れますとの返事。そしてその通りで、佐賀関を9時発のフェリーで九州とお別れをしました。そのあと、197号線(メロディーライン)を八幡浜まで、そして大洲、お金がないから、56号線をそのまま北上、松山からさすがに疲れて高速の松山道に入り、今治湯ノ浦で下りて、道の駅で仮眠、さらにしまなみ海道を渡って、家に帰り着いたのは3時になっていました。
「大崩の茶屋」は楽しい民宿です。気に入った人がたくさんいます。私も大好きです。オーナーの石本のおばちゃんがいい人なんです。「大崩の茶屋」のブログや「祝子川山岳会」のHPはあるにはあるのですが、友人に作ってもらっています。それがどうももどかしいので、今度自分でやりたいという意向を聞きました。それで、私がパソコンの寄付を申し出て、快く受け取って頂きました。ただいまキーボードの練習中だそうです。速ければ7月には、烈子さん自身の手になるブログが読めるかもしれません。
それではまたです。


